洗礼式を終えて。2018年12月23日、私は洗礼を受けクリスチャンになった。

 本日、私は洗礼を受けてクリスチャンになった。その喜びの報告をしたい。
 今日の朝を迎えるまでの話。
 朝まで熟睡できなかった。夜中に4回くらい目が覚めた。一応、それからその度に寝ることはできたのだが。
 昨日は2時間くらい新約聖書のマタイによる福音書をmp3で聖書本文を見ながら聞いていた。その甲斐あってか、気持ちとしても万全の態勢で洗礼式に臨むことができた。聖書を聞くだけだとしても2時間というのはさすがに疲れたが、気持ちがキリスト教モードへと切り替わったから自分自身、とても良かったと思う。
 二週間前、同居していた母が祖父母との関係で耐えられなくなり、家を出て近くのアパートで独り暮らしを始めた。その母が私の洗礼式のために、今の祖父母と私が暮らしている家へ泊りに来てくれた。母は私の洗礼式に出席してくれた。
 午前10時。
 出がけの20分間、気持ちを集中させるために、mp3でルカによる福音書の一番終りを聞いた。これで準備が整った。
いつも教会へはジャージで行っていたスポーツマンではないのに、スポーティーな私が、今日は洗礼を受けるということで、スーツでビシっとキメた、いつもとは異なる出で立ちで教会へと向かった。礼拝が始まるのは1時間後だが、早い分には問題ない。
母と一緒に教会へ行き、1番乗りをした、と思ったら先に来ている人がいた。牧師が言うには時間がわからないから早めに来たらしい。そして、私たちの知り合いとのこと。
礼拝堂の後ろ姿を見て、10年来お世話になっている精神保健福祉士のRさんだと分かった。それから、母とRさんと私の3人で話をした。信徒のTさんとEさんも祝福の言葉を私に掛けてくれた。信仰の話をしたと思う。
 そして、10時30分から洗礼式のリハーサルを牧師と一緒に行った。
「吃音でどもったり言葉が出なくなったりしたらどうしましょうか?」と牧師に聞くと、「大丈夫ですよ。心配いりませんよ。」とのこと。不安は解消されなかったが、式のイメージをつかむことができて、漠然とした不安は幾分か和らいだ。
 リハーサルが終わってから、信徒の皆さんからひっきりなしに祝福の言葉を受けた。あぁ、自分は本当に洗礼を受けるんだなと、自分の置かれた立場を再認識し、何が何でも洗礼式を無事に完了しなくては、と思った。と同時に、少し礼拝が始まるまでに時間があったので、祈った。「神様、今まさに私は洗礼式を迎えています。どうか、洗礼式を無事に終えられますように。全ては御心のままに。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。」たしかこんなことをお祈りした。そして、礼拝が始まった。
 礼拝の式は滞りなく進んでいった。
 説教、信仰告白、その次に洗礼式という順序だった。
説教が終わったあたりから、うまく私は洗礼式で信仰告白できるだろうか・・・、と手に汗握り始めていた。
 そして、洗礼式を始めるから前に来るように皆の前で牧師に呼ばれた。
 いよいよ、自分の出番だ、と緊張はマックスに。その時には、どもったらどうしようではなく、いよいよこの時が来たのだ、と自分を奮い立たせていた。
私に割り当てられた洗礼式での信仰告白の応答のセリフは、「はい、しりぞけます。」、「はい、信じます。」を3回、「はい、神の助けによって。」の計5つ。とはいえ、セリフではない。立派な信仰告白だ。重い神と会衆の前での誓いだ。本当は全ての牧師からの質問に、質問の意味を理解した上で答えるべきところだったのが、2つくらい反射的にセリフを言うような形になってしまった。その点は反省している。が、質問は事前に読んでいる。そして、すべてに同意できると思ったので、本番で舞い上がってしまったものの、神様は私がただセリフを棒読みしたわけではないと、しっかりわかっていてくださるだろうから、私自身何ら洗礼式での応答を後悔していない。
不思議なことに何もどもらなかった。すらすら言えた。つっかかることもなかった。最後の5つ目の信仰告白をしたとき、まだ終わってはいなかったが、「成し遂げた」というような達成感があった。
信仰告白を終えると、洗礼式の一番メインの水を頭にかける洗礼に移っていった。父と、子と、聖霊の計3回、水を頭にかけた。結構しっかり水をかけたようだったので、背広の肩にも少し水がかかった。水を掛けるたびにしっかりと牧師は頭の上に手を乗せる。水を掛け終わったとき、牧師と私の二人で「アーメン」と言った。
それからすぐタオルを牧師が私に差し出してくれ、それで頭を拭くと、牧師は私の頭の上に手を置き祝福した。少し記憶が曖昧なところもあるが、確かこんな感じだったと思う。
 その後、たしかお祈りをしたと思う。
 そういう風にして洗礼式は何の支障もなく、無事に終えることができた。終わったとき、本当に晴れ晴れとしたすがすがしい気分だった。
主イエスが洗礼者ヨハネから洗礼を受けた時には、鳩のような聖霊が見えたと聖書にはあるが、私の洗礼では鳩も何も見えなかった。けれど、何か心の底から充足されるような深い満たされるような不思議な感覚があった。喜びと形容してもいいかもしれない。深い包まれるような充足感。うまく言葉では言い表せないが、強いて言葉にするならこのようだった。
 クリスマス礼拝ということで、聖餐式もあり、そこで私は初めての聖餐に与ることができた。目の前をスル―していくだけだったあの聖餐をこの自分が受けている、という違和感のような不思議な感覚があった。味は、ぶどうジュースもウエハースも平凡なものだったが、言葉では言い表せない感動があった。初めての聖餐も無事に終了した。私もクリスチャンになったのだ、という新鮮な驚きが私の中に生じた。
 礼拝終了後にも信徒の方がお祝いの言葉を私のところまで来て寄せてくださった。本当に有難いと思った。
また、いろいろな人から洗礼を記念してプレゼントをもらい、自分のバッグの中に入りきらないほどになった。帰りのバッグの重さは嬉しい重さだった。
 礼拝終了後には、皆で食事をし祝会をした。楽しいひとときだった。
 私が洗礼を受けたかった決定的な理由は、「天国へ行くことを保障されたかった」の一語に尽きる。私は自分が滅びたり地獄へ行くことが怖かった。苦しみたくないという思いだった。
やっと今日、天国行きの確約切符を手に入れることができた。私は必ず天国へ行く。行かないはずがない。洗礼を受けたから絶対天国へ行くのだ。
無気力になって動けないほどではないが、今目標を達成したことにより、力が抜けている。自殺するのは神様に逆らう生き方だから絶対にしないし、したくないし、するつもりもないのだが、今日洗礼を受けて、もういつでも安心して死ねる、と安堵感に包み込まれている。
洗礼を受けるまで天国行きが確定されないから、受けるまでは死ねない、と洗礼を受ける前の私は思っていたが、その呪縛からやっと解放された。
 洗礼式を見守っていてくれた母は私が洗礼を受けたことを涙を流して喜んでくれた。精神保健福祉士のRさんも「素晴らしいものを見させていただきました」と心の底から私の洗礼式に立ち会えたことを喜んでいた。
 私が聖書を初めて買ってからちょうど15年。その間には、苦難の日々があり、自殺未遂も何回かしている。本当にあの頃は苦しかった。けれども、今思うことは、生きていて良かったということだ。あの時自殺が未遂ではなく、既遂になっていたとしたら、今日のような喜びの日を迎えることはできなかった。生きていて良かった。このことは何度記しても書き足りない。声を大にして叫びたい。
神様は私に試練をお与えになった。過酷な試練だった。乗り越えられないかと思われた絶望の日々だった。精神科の処方薬と酒のチャンポンに溺れた自堕落な日々。
母は私のその苦悩を共にしている。だから、感激もひとしおだったのだろう。私が体調が最高に悪かった時、母もうつ病でほとんど一日中寝込んでいた。お互いに調子が悪かった。あの頃は今日のような日が来ることはとてもではないが、想像することも、いや気力さえなかった。私は当時、人生に絶望し自殺未遂を繰り返していた。母は食欲がなく少量のパンとりんごしか食べることが出来なくて15キロくらい体重が減った。
現在、母と私、それぞれに何も問題がないわけではなく、あることにはあるのだが、いい方向に向かっていてありがたい。調子が一番悪かったころの私は30分も起きていることができなくて、教会へ行くことも当然のようにできるはずもなかった。それが、今では1時間の礼拝に出席し、今日なんてその後おおよそ3時間の祝会にも参加できている。以前からは信じられないほど活動の幅が広がってきている。

精神保健福祉士のRさんとは10年近くの付き合いで、私の絶望の日々にひたすら寄り添って、専門家としてサポートしてくれた。私が回復してきていることを喜んでくれていて本当に私は彼女に頭が上がらない。彼女のことについてはまた機会を改めてこのブログで語りたい。

あなたは私が3日前にブログで「祈ってください」とお願いしたことを快く引き受けてくれただろうか。

あなたの祈りが神に聞き届けられたようです。私は無事に洗礼式を終えることができました。ありがとうございます。

このブログを読んでくれているあなたが私のために祈ってくれたことに感謝したい。

最後に、牧師が洗礼式に臨むにあたり私に渡してくれた洗礼の次第のプリントを転載したい。これを読めば洗礼式のおおよその雰囲気がわかると思う。

1.宣言

司)主と会衆の前で、あなたに尋ねます。あなたは、悪魔と、その力と、その空しい約束をことごとくしりぞけますか?

答)はい、しりぞけます。

司)全能の父なる神をあなたは信じますか?

答)はい、信じます。

司)父の独り子、私たちの主イエス・キリストを、あなたは信じますか?

答)はい、信じます。

司)聖霊を信じますか?また聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、からだの復活、永遠のいのちをあなたは信じますか?

答)はい、信じます。

司)あなたは、この信仰のもとに、キリストのからだに連なる者となり、み言葉の教えを守り、恵みの手段を尊び、生涯をおくりますか?

答)はい、神の助けによって。

2.受洗

司)私たちの主イエス・キリストは言われました。
「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」

♯司式者は受洗者の頭に水を三度注ぐ。

星大地さん。私はあなたに洗礼を施します。
父と、
子と、
聖霊のみ名によって。

(受洗者)アーメン。

♯司式者は受洗者の頭に手を置いて祝福する。

あなたのすべての罪を赦し、水とみ霊とによってあなたを新たに生まれさせてくださった全能の神、私たちの主イエス・キリストの父が、永遠のいのちに至らせる恵みによって、あなたを強めてくださいます。

受洗者のための祈り
司)私たちの主イエス・キリストの父なる神さま。
洗礼によって、罪の力から解かれて新しいいのちを与えられ、この兄弟が、み国の世継ぎの一人として、受け入れられました恵みとみ心に感謝します。
み言葉と霊の糧によって彼を育て、日ごとに、あなたと共にある喜びを豊かに与えてください。
み子、私たちの主イエス・キリストによって祈ります。

♯受洗者は立って会衆の方を向き、会衆は起立する。
♯司式者は会衆に向かって言う。

司)神は洗礼によってこの星大地さんをキリストの家族、み国の世継ぎとしてくださいました。
この兄弟を受け入れ、この兄弟のうちに始められた神のみ業が達成されるように祈ってください。


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2018年12月23日(日)のクリスマス礼拝で洗礼を受ける私のために祈ってください。 ―クリスマス礼拝および洗礼式まであと3日。

主イエスは十字架につけられて死なれてからから3日目に復活された、と聖書には書かれている。
私は今日、十字架につけられたわけではないが、この3日という同じ時が与えられたことに、どこか親近感を覚える。

洗礼式。一体、私のための洗礼式はどんな感じになるのだろうか。

最初通っていた改革派の教会で洗礼式があったが、あまり印象に残っていない。自分のことで、自分の体調のことでいっぱいいっぱいで、疲れていたこともあり、そう言えば洗礼式やってたな、というくらいの他人事のような認識しかなかった。今思うと受洗者に対して何て失礼な態度を取ってしまったのだろうと自己嫌悪にすら陥るが、私が立ち会った洗礼式はその一回きりだった。
だから、洗礼式というものに慣れていなくて親しみがない。教会を変えたこともあり、どんな感じになるのか未知数で期待と不安が入り混じっている。

他の人の洗礼式を何回も経験していれば、万事において問題がないのか?
そんなことはない。仮に100回洗礼式に居合わせたとしても、自分の洗礼式はどうあがこうと1回きりだ。当たり前だが、洗礼は何回も受けられるものではない。1回。以上。もう死ぬまで自分は洗礼を再び受けることはない。こうして書いていると、とても厳粛な気分になってきた。

先に以前通っていた教会で洗礼式があったと書いた。
たしか、イースターのことだったと思う。皆で食事をしたのだが、食事の支度がすべて完了し、各々席についたところで、一人一言ずつ祝いの言葉を述べることになった。
その時、私は受洗した高校生の女の子に向けて皆の前でこんなことを言った。

「Sさん、洗礼おめでとうございます。洗礼は第二の誕生日ですから、あなたにとってかけがえのない日になりましたね。本当におめでとうございます。」

今思い出すと、自分が洗礼を受けていないのに、よくもまあ偉そうにそんなことが言えたものだと赤面ものだが、カッコいいことを言った。

今、私は自分が洗礼を受ける3日前になって、自分が偉そうに言った言葉の重みを理解しかみしめている。
クリスチャンとして、古い自分に死に、新しい命が与えられ、もう一度誕生する。涙が出そうなくらい嬉しい。

しかも、聖書を初めて買ったクリスマスイヴから、ちょうど15年後のクリスマス。運命的なものを感じる。

改革派的には、天地が創造される前から、私が2018年12月23日に洗礼を受けることはあらかじめ神様によって決定されていた、ということなのだろうか。そして、私が救われるということも、あらかじめ予定されていたのだろうか。
わからない。神のみぞ知ることだ。でも、私には、信仰を含め救いを自分の力で勝ち取ったのではなく、恵みとして与えられたとしか思えない。

ルター派の信仰義認論は、すべて神様から与えていただくという考え方だ。自分の信仰も、自分が信じようと思って信仰に至ったのではなく、神様から信じる気持ちが与えられたから、信仰に至っている。

私は神様なしでは何もできない子どもだ。カルヴァン的な神学まで徹底するのはまた倫理的な問題を引き起こすので全面的には賛同できないが、人間が自分でできることというのは、ほんのわずかか、もしくは何もないのだろう、としみじみ思う。人間に自由意志があるかどうか、というのはどんなに議論をしても決着がつかない永遠のテーマだが、私はどちらかと言えば人間に自由意志を認めない方向に傾いている。ルターは日常的なことには自由意志を認めたが、神の前では、特に救いに関することについては、自由意志を認めなかった。エラスムスとの論争がそれを物語っている。

さて、あなたにお願いがあるのだが、聞いてもらえるだろうか。

無事に私が洗礼式を終えられるよう祈ってください。

厳密なことを言うと、人間はいつ何が起き、どうなるか全くわからない。
もしかすると、無いとは思うが、洗礼式を間近に控えて、アクシデントが、予想もしなかったような洗礼を妨げるような出来事が起こるかもしれない。だから、そうならないように祈ってほしい。さらに、日本全国の、いや全世界のクリスマスに受洗する人々が無事に洗礼を受けられるよう祈ってほしい。話が大きくなってしまったが、洗礼を受けるのは私だけではない。

世界中のクリスマスに受洗する人々のために祈ってください。

あなたの祈りは何と私にって心強いことだろうか。
あなたが祈ってくれることを期待して、洗礼式に臨みたい。


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今年のクリスマスに洗礼を受けることになった。―聖書を初めて手に取ったあのときからの苦しかった15年間を振り返って

今年のクリスマスに洗礼を受けることになった。要約するとこの一言で終わってしまうのだが、そこに至るまでの経緯(思い出話)を話すと長くなる。お付き合い願いたい。

私が初めて聖書を読んだのはいつか?
それは高校1年のときにさかのぼる。その頃、私はテレビゲーム少年だった。私が生まれた80年代にファミコンが発売され、スーパーファミコンへとテレビゲーム機は進化し、私はもっぱらそれで遊んでいた。それから、セガサターン、初代プレステの時代へと移行していくのだが、今はそれらのことには詳しくふれないでおく。そのことが話題の中心ではなく、あまり関係がないからだ。

私の高校時代、今と比べて知的レベルが低かったと思う。なぜなら、高校でもらった国際ギデオン協会の新約聖書、確かマタイによる福音書だったが、5ページで挫折したからだ。まず、イエスの系図がわからない。今思うと旧約聖書を読んでいないのだから、系図に出てくる固有名詞がわからないのは当然だが、変なところ完璧主義だった私はその人名がわからないことが自分自身許せず、苛立ったものだった。
読んでも何も面白くなかった。というよりは、聖書のぼくとつとした簡潔な文体になじめなかった。読解力もなく意味もほとんどわからなかった。だから、私の聖書との第一次接触はあまりいい思い出ではなく、どこか無気力な感じが漂っている。

それから4年後のクリスマスイヴ。
私は20歳になっていた。
その頃、私は九州の三流大学に下宿しながら通っていた。
私は、20歳から読書を始めていて、何か面白い本がないものかと、下宿先から15分ほど自転車で行ったショッピングモールの中にある本屋に入ったという次第だった。
そこで、どういう心境だったか全くもって今となっては思い出せないのだが、本屋の中に何千冊とある本の中から、なぜか聖書を手に取りそして買った。実に不思議だ。しかも買った日が別に聖なる日でなくてもいいのに、クリスマスイヴ。偶然に偶然が重なる。今はこう思う。私は神に導かれていたのではなかったかと。神が私に、「私のもとに来なさい」と招いてくれていたのではなかったかと。すべてはここから始まった。それが私にとっての記念すべき15年前の出来事。

そして、聖書を読んだのだが、意味がわからない。しかも、聖書のあのボリュームだ。一か月で読み切れる類の分量ではない。だから、聖書の手引きになるような本を追加で購入した。その頃、聖書の中で好きだったのが、旧約聖書の「コヘレトの言葉」だった。あの暗い感じが実に大学で孤立していた私の心境にマッチした。空しい、という言葉が出てくるたびに、そうだ、そうだ、と頷いた。福音書よりもこの書の方が好きだった。

聖書を買ったからには、最初から最後まで読もうと思い立ち、通読に挑戦した。
通読は決して楽な道のりではなかった。洗礼を受けてクリスチャンになった人でさえ、通読していないことがざらにある聖書。それに取り組むのはなかなか骨が折れた。毎日、旧約と新約を10ページずつ読むと自分でノルマを決めて実行に移した。旧約聖書続編つきの聖書を買ったので、続編も読んだ。1年経たないうちに通読を完了した。一回通読すると何とも言えない達成感と高揚感があり、また通読したくなった。結果、聖書を現在に至るまでの間に4回通読することに成功した。ただ、わからないところはわからないまま、とりあえず読み進めるというスタイルだったので、わからないところはそのまま保留され4回目の通読チャレンジの時にもわからないままだった。でも、収穫はあった。全てわからなかったわけではなく、わかったところの方が多かったので、聖書の全体的な内容のイメージを把握することができた。これは大きい。聖書の概要を理解することができたということだ。聖書の書名を聞くと、あぁ、あれはこんな内容だったと思う、と答えられるように成長したのだった。

ひたすら独学で聖書を読んでいた。すると、教会という場所へ行ってみたいと思うようになった。母がミッション系の学校に中高通っていたこともあって、その系列の教会に母と一緒に行ってみることになった。教会に初めて行ったときのことは今でもまだ鮮明に覚えている。そのころ私にはまだ信仰のかけらしか与えられていなかったので、礼拝に初めて参加したとき、率直に当時の感想を書くならば、「この人たち、頭は大丈夫だろうか。私にはとてもついていけそうもないな」といったものだった。けれど、通っているうちに教会で信じられていることを受け入れられるようになっていった。人間科学的に言うなら、環境に適応したということだろうが、神学的に言うなら信仰が与えられていったということだろう。
しばらくすると、牧師がマンツーマンで指導してくれるということになった。これはとても勉強になった、と言いたいところだが、牧師の言うことが難解で、ほとんど意味がわからなかった。牧師は私のことを買ってくれているようで、私の疑問に対して手加減することなく、情け容赦なく真正面からぶつかってくれた。その牧師から教わったことは、祈りがなければ信仰にはならないこと、神は全能で予知能力もお持ちだがだからといって祈りが不要だということにはならないこと、神は私との心の交流を求めておられること、私が二千年前のキリストの十字架と関係しているということ、などだった。牧師は理屈で生きているタイプの人間で、自分自身が納得していることしか私には語らなかった。言うことが理論武装されていて一貫していた。私は牧師から信仰とは何かを教わった。
しかし、一年ほど経ったころ、深刻な問題が私の前に壁のように立ちはだかった。それは悪の問題だった。東日本大震災で多くの人が命を奪われた。なぜだ?考えれば考えるほどわからなくなっていった。牧師に質問すると「わからない。しかし、私の信仰は揺らがない」と力説した。なぜ揺らがないのか?この人には人の痛みに対する想像力というものが欠如しているのだろうか、と生意気にも私は牧師に反感を抱いた。

その頃の私は経済的に窮乏していて、「金がないから生活レベルを落とさなければならない。しかし、それには耐えられない。今までのような暮らしをしたい」と悩みの底をのたうちまわっていた。
そして、危険な結論に到達した。「自分が死ねば金もかからなくなって周りの人に迷惑を掛けなくて済む。そうだ。自殺することにしよう。」今思うと、短絡的で認知のゆがみがかなりかかっている危険な状態だったと振り返ることができるのだが、当時の私は客観的に自分のことを眺めることができなくなっていた。
そうして、母に「死のうと思っている。今までありがとう。」と死に赴く意志があることを伝えた。母からは「死なないでほしい」と待ったがかかり、3か月精神科病院に入院した。また、入院中、他の患者に信仰の話をすると、「お前おかしいんじゃない?」と信仰をけなされ踏みにじられた。このことも信仰が萎える理由としてあったと思う。そういうわけで、自然消滅的に教会から足が遠ざかり、欠かさず行っていた礼拝にも一切行かなくなってしまった。1年間の信仰生活だった。

そして数年が経過した。
私はやっぱり信仰に生きたいと再認識する出来事があった。
教会には行かなくなったものの、4回も聖書を通読した経験があり、また教会へと行くようになった。それが去年の10月のことだ。改革派からルター派に教会を変えた。今度は信仰を挫折させたくない、と母の母校の系列の以前通っていた教会ではなく、歩いて通える教会をカルトでないか確認した上で母と一緒に訪ねることにした。前の教会は礼拝が厳粛で厳格だった。何だかんだで2時間も礼拝をやっていた。通うのにバスを2回乗り継ぐ必要があった。だから、礼拝に行くと疲労が凄まじくヘトヘトだった。それに私には精神疾患もあったから、気分が悪くなっていることが多かった。一年間耐えたものの限界だったとも言える。
今度は近い。近所だ。それに礼拝の時間が1時間でコンパクトに終わる。しかも、メロディーに沿って歌いながら神を賛美する礼拝だ。小中学校で合唱をやっていた私にはすぐに馴染むことができた。さらに、信者に敬虔さをあまり要求しない。おおらかで自由な気風でもある。
そんなこんなで、このルター派の教会に通うようになってから一年以上の月日が経過した。毎週の礼拝に欠かさず参加し、月3回の集会にも出るようにしている。私自身、教会に対する満足度が高い。

そして、今年のクリスマスに今の教会で洗礼を受ける。
今の教会の牧師に、東日本大震災の理由を尋ねると、「謎です。」と答えた。でも、自身の信仰が揺らがないとか自信あり気な様子はない。「わからない」ではなく、「謎」。ナイスな答えだと私は思う。現在の私の震災に対する答えは、最後の審判のときに、イエス様に質問して教えてもらおうという期待に包まれている。震災の理由はわからない。けれど、神は全能で愛のお方で真善美の根源であるという肯定的な神認識を私は持ち続けることが出来たらと思う。
私が前の教会に通っている頃には、洗礼を受けるに値する信仰を持った人物に到達していなかったと自信を持って今なら言うことができる。洗礼を受けるときが来たのだ。私が洗礼を受けるのにふさわしい時が来たのだ。

この15年間、本当に山あり谷ありで、すべてが嫌になったこともあった。でも、死なずに生きていて良かったと心からそう思える。
天国の市民権が私に今年のクリスマスに約束される。神様からいただくこの恵みにふさわしいような、私自身の神への応答であるこれから長い信仰生活を歩んでいけたらと思っている。

クリスマス礼拝および礼拝式には母とこの10年間ほどお世話になっている精神保健福祉士が駆けつけてくれることになっている。苦楽を共にしてくれたこの2人の前で洗礼を受けられることが本当に嬉しい。

この喜びを神様に感謝したい。


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