キリスト教エッセイ 自分が幸せなら人のことは気にならない わたしも時々思ってしまうことだが、他の人のことを「うらやましいな」とか「ずるいな」と思う時がある。 それは経済的に恵まれていて、裕福な暮らしをしている人。そういう人には家庭教師がついていて、塾にも行けて、と万全の態勢なのだ。 東大合格者の親... 2022.03.24 キリスト教エッセイ
キリスト教エッセイ いてくれるだけでいい 毎日、仕事(賃金を得る仕事)はしていないけれど、それでも日々、読書に勉強にブログの執筆に料理などの家事にと奔走する星さんである。暇なようで忙しい。自分で忙しくしているだけなのかもしれない、とふと反省してみたりもする。でも、こういう毎日を自分... 2022.03.21 キリスト教エッセイ
キリスト教エッセイ お金と時間の使い方 昨日、寝たのが少しばかり遅かったせいか、どうもスッキリしない。それに今朝はあいにくの曇り空でこれまたスッキリしない。スッキリしない続きが続いているわたしだが、それでも日は昇ってくる。一日が始まった。と、ふとこんな箴言が頭にぱっと浮かんだ。 ... 2022.03.18 キリスト教エッセイ
キリスト教エッセイ 十字架 昨日、物置を片付けていたら、もう何年前になるのだろう。10年くらいにはなるだろうか。十字架のペンダントが見つかった。それは新世紀エヴァンゲリオンの「新劇場版序」という映画が公開された時にオフィシャルグッズとして発売されたもので、わたしはそれ... 2022.03.17 キリスト教エッセイ
キリスト教エッセイ 幸せになろうよ 世界は今、大変なことになっている。ご存知の通り、戦争が始まっているのだ。何とかしなければならない。が、わたしにできることなんて微々たるもので、ほとんど無力だ。わたしにできることは、「世界が平和になりますように」と祈ることと、あと、募金に協力... 2022.03.14 キリスト教エッセイ
キリスト教エッセイ それがどうしたんだい? ここに1本の木がある。大きな木だ。樹齢は何年くらいだろう。昔むかしからこの場所にいて、今日までいる。 わたしが今日、朝散歩をしていて、ふと大きな木に目が止まった。と、はっとするものがあった。何にはっとしたかと言えば、わたしが小さなことにこだ... 2022.03.13 キリスト教エッセイ
キリスト教エッセイ 最期に骨になるのなら 1時間ほど前に祖母の葬儀が終わった。ここ数日は葬儀屋さんとの打ち合わせが立て続けにあり、無事に終えることができるかどうかヤキモキしていた。でも、無事終わった。一件落着。星さん、すこし休もうと思う。 さて、今日の葬儀で思ったことや感じたことが... 2022.02.28 キリスト教エッセイ
キリスト教エッセイ 祖母永眠 このブログでも祖母のことはいろいろ書いてきた。だから、星さん.netの読者の皆様はあれから星さんのおばあさんはどうなったのだろうと心配されていたんじゃないかと思う。 ついに、ついにあの祖母が昨日、2月24日に永眠しました。 朝のたしか7時半... 2022.02.25 キリスト教エッセイ
キリスト教エッセイ 苦難は人を優しくする 今日、祖母が入院している病院に行ってきた。お見舞い? いやいや、違うのだ。祖母の主治医から説明があるとのことで行ってきたのである。嫌な予感がぷんぷんしている。きっとこれは良くない知らせだろう。と、わたしの予感は的中する。 祖母は血液の病気だ... 2022.02.09 キリスト教エッセイ
キリスト教エッセイ 変わった贈り物 人に物をあげるのは難しい。それは言うまでもないことだ。そのあげようとしている物を気に入ってくれるかどうか分からないし、要らないものだとかえって場所ばかりとらせてしまって邪魔になり、ちょっと……、という結末になる。 そんな恐れを抱いていたわた... 2022.01.01 キリスト教エッセイ