ヘブライ語、ぼちぼち難しくなってきましたな

ヘブライ語
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 ヘブライ語。やればやるほど、先に進めば進むほど難しくなってくる。でも、これは幸せなこと。数学がだんだん難しくなっていくのと同じようなもので、高度になっていくことは自分が先に進んでいるれっきとした証拠だ。ずっと簡単なままだったらやる気しないでしょ? 難しくなっっていくから俄然やる気が出てくるのです。などと言いながらもこうも難しいとため息が出てしまう日も正直ある。ムズ! ムズムズ!!
 これだけ難しいながらも続いているのはやはり仲間がいてくれるおかげだろう。正直、日曜日を除いて毎日ヘブライ語というのはなかなか大変だったりする。どうしても人間楽な方に流れてしまいがちで、「今日はあんまりやる気しないなぁ」と思うこともしばしばなのである。けれど、仲間がいる。仲間がいて共にこのヘブライ語という大きな山を一緒に登ってくれているではないか、と思うとさぼることが後ろめたいことに感じられて、やる気がしない日であっても15分くらいはやることができるのだから仲間の力にはスゴいものがある。
 ヘブライ語の文字の読み方(発音)が一通り終わったわたしはやっと文法編に突入したのだ。突入して今までのはウォーミングアップだった、ってなことに気付かされた。やっと本番なわけだ。ここからヘブライ語の本格的な学びが始動するのだ。今までのウォーミングアップですら、「ムズい。ムズい」と音を上げそうになったわたしのことだから、これから先何度も何度も折れそうになることだろう。でも、わたしは一人じゃない。わたしには共に同じ目標を目指している尊い仲間がいるのだ。だから、大丈夫だと思う。
 何でもヘブライ語の名詞には男性名詞と女性名詞しかないらしい。じゃあ、LGBTなレインボーな人はどうしたら……、と思ってしまうわけだが、それはさておき、ヘブライ語の名詞は男か女かはっきりしているのだ。驚くべきことは名詞ならすべて、つまりは抽象的な言葉なども含めてすべてに性別があるということなのだ。男子生徒や女子生徒なら性別は明らかだろう。けれど、本とか鉛筆とか自由とか性別がどっちなのっていう言葉にも性別はある。そして、男性か女性かどちらかなのである。わたしが思うにこれだけ男性か女性かにこだわるのは、性別が重要なことだったからではないかと思う。男か女か。現代は男女平等の時代だけれど、ヘブライ語の世界は違うのだ。聖書を読んでみれば、いわゆる男性優位の世界なのは言うまでもないことだろう。
 ヘブライ語、難しくなって大変になってきたけど、同時に面白くもなってきた。一歩一歩、ヘブライ語の旧約聖書が読めるようになっている未来の自分へと近づきつつある。うれしい。8月から本格的に始めてはや3ヶ月ちょい。人間、続ければできるようになるものなんだね。しみじみそう思う。
 神学校制作のDVDを見ながらも、今わたしは聖書ヘブライ語ではなくて、現代ヘブライ語に迂回して勉強している。遠回りのようだけれど、かえってその方が近道じゃないかと思う。わたしのヘブライ語の師匠も使用したテキストを用いて勉強しているのだから、大丈夫だと思う。「現代ヘブライ語→聖書ヘブライ語」のルートで行こうかなと思っている。
 ヘブライ語の初級文法、1年か2年くらいでものにしたいな。とはいえ、なかなか思い通りに進まないのが語学だけれど、とりあえず今やっているところを確実にする。そして牛歩のごとく行く。毎日(日曜以外)続ければきっと早いうちに終わるだろう。まぁ、焦らず急がずやっていきたい。

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