イエスさまに近付くためのヘブライ語

「朝のヘブライ語30分」という記事を書いてから4ヶ月あまりが経とうとしている。星さん、最近ヘブライ語のこと言わなくなったけれどあれからどうなったんだい?、って思われている方がもしかしたらおられるかもしれない。
 現状。ほとんどあれからヘブライ語、勉強ができておりません。最近またぽつぽつ単発的に始めてきた感じではあるものの、目に見えるというか、毎日やってますとかそういうわけでもないのだ。
 独学、独学ってね、始めるのも続けるのも、やめるのだって自由なわけよ。だから、全部自分に任せられている。いわば自主トレみたいなものだから、自分のやる気次第でそれがものになるのか、あるいは一向にはかどらず、となるのかが決まってくるのだ。
 ヘブライ語の勉強仲間のFさんとTwitterで「今日は何分勉強できましたよ」「今日はヘブライ語、こんなことを勉強しましたよ」と報告し合って切磋琢磨していたころが懐かしくなったりするのだけれど(結局、Fさんとの励まし合いながらの勉強は星が報告をさぼりがちにして自然消滅させてしまいました、って言い出しっぺが消滅させてどうするんだ)、わたしはどうもTwitterというかネット自体があまり得意ではなくて、ヘブライ語を続けるメリット以上にネットのストレスにやられてしまうのだ。
 で、試行錯誤した結果、また一人に戻ったというわけなのだ。去年の8月からヘブライ語を始めたわけだから、もうかれこれ1年3ヶ月。一進一退どころか、牛歩さえもままならず、停止して立ち止まっているような状況なのだけれど、また初心に帰ってみようか。
 そもそも、わたしは何でヘブライ語を勉強しようと思い立ったんだっけ? そうそう、イエスさまに近付きたかったからだったんだ。イエスさまはアラム語を話されたらしい。というか、イエスさまはアラム語で考えて、話し、聞いて、理解した。イエスさまの思考はアラム語で形成されていたんだ。で、何でそれだったらアラム語ではなくて、ヘブライ語を学ぼうと思ったかと言えば、それは旧約聖書がヘブライ語で書かれていて、それをイエスさまもヘブライ語で読まれていたからなんだ。それにアラム語はヘブライ語の親戚というか兄弟みたいなものらしくて、ヘブライ語を勉強すればアラム語だって理解できるようになる。だから、ゆくゆくはイエスさまの話されたアラム語だって学んでみたい。そうか、すっかり忘れていたけれど、見失っていたけれど(やらなければならないからやるみたいな感じになってしまっていて)、わたしはイエスさまに近付きたかったんだ。イエスさまが読まれた旧約聖書を、その同じヘブライ語の旧約聖書を読めるようになりたい。あぁ、何だかじわじわとやる気が出てきたぞ。最近、単発的にヘブライ語を再開し出したものの、どうもやる気を持続できなかったんだ。そうか、そうだった。わたしはイエスさまに近付きたかった。学ぶ目的がはっきりしてきたぞ。
 イエスさまに近付くこと。それは新約聖書の福音書などを通して、そこに描かれている言行にふれることはもちろんのこととして、イエスさまが読まれたヘブライ語の旧約聖書、それも同じ書物を同じ言葉で読むことだと思う。そうしたら、きっと近付いていけるんじゃないか。霊的に近付くという意味ではお祈りをしたりすることも欠かせないけれど、言葉を通して、それもヘブライ語という言葉を通してイエスさまに近付いていくという道もあるんじゃないか。そして、ゆくゆくは、あるいは同時並行でアラム語も学んでいいけたらと思う。
 今、わたしの手元にはヘブライ語の単語カード(自分で書いて作った)がある。表にヘブライ語、裏に日本語、とめくって勉強できる。わたしの勉強が続かなかった理由は、動機が曖昧になっていたことももちろんあるけれど、さらにヘブライ語の単語をろくに覚えもせずに先へ進もうとしたことにもあったんじゃないかって思う。どんな国のどんな言葉であっても、小さい子を見れば分かる通り、最初は単語からだ。わたしも日本語を習得するにあたっては、絵本を読んだり何なりしたけれど、まずは、「くるま」「そら」「あお」「あか」みたいな本当にシンプルな単語から入っていくのが本道だと思うのだ。逆にそれすら覚束ないようではとてもではないけれど、大人の書物なんて読めるようにはなっていかない。ヘブライ語の文法的な学びと同時に単語も一つひとつ、単語カードをパラパラと何度もめくりながら地道に覚えるようにしていきたいと思う。はるか彼方のような旧約聖書の原典購読。でも、一歩ずつやっていけばいつかはたどり着くんじゃないか(ってNHKの朝ドラでも言ってたかなぁ)って思うから目標を持ちつつやっていきたい。そして、またくじけそうになったり、さぼりがちになったら、この記事をまた自分自身、読み返して初心に戻れたらと思う次第だ。
 イエスさまに近付きたい。これがわたしがヘブライ語を学ぶ理由であり目的。あきらめないでやっていきたい。

「タルミード」。ヘブライ語で「男子生徒」という意味

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