ちょうちょになったよ

 話は1週間ほど前にさかのぼる。2月27日、日曜日のこと。
 その日、わたしは祖母の葬儀を明日に控えていた。そういうわけだから、葬儀屋まで遺影にする写真を持って行くなど用事があり、また祖母にもゆっくり会っておきたいとも思ったので、9時頃は葬儀屋で時を過ごしていた。
 遺影の写真も渡し、葬儀の参加人数も伝え、祖母ともじっくりと会うことができた。祖母の前でひたすら10分ほどは祈っていたかと思う。祖母の穏やかな死に顔と共に静謐な時間を過ごした星だった。
 葬儀屋を出たとき、だいたい時間は9時半くらいだった。教会の礼拝が10時からで、まだ行こうと思えば何とか間に合いそうだ。実を言うと、今日は礼拝をお休みするつもりだった。祖母の葬儀を明日に控えているのだから、お休みしてもそれは理由としてもっともじゃないかと思ったからだ。教会に行くつもりはなかった。そんなわけで、いつもの汚れたアディダスのジャージ姿だったわたしだが、それでも何を思ったのか無性に礼拝に参加したくなってきた。
 というのも、ここ3週間ほどは祖母や母の用事などで病院に行くことが多かったために自粛していたのである。もはやコロナ禍で常套手段ともなったZOOMで礼拝に参加していた星であった。だからなのだろう。ある意味、教会の人たちと会って話をしていなかったから、教会が恋しくなっていたのだ。それにこれだけ疾風怒濤の一ヶ月を過ごしてきただけに心は消耗しているようで、心の安らぎのようなものが欲しかったということもあったのだろう。
 教会に行くと牧師夫妻が「大丈夫?」とわたしよりも心配そうに訊ねてくれた。実は牧師にわたしが祖母の葬儀のことを相談したので、牧師は祖母が亡くなったことを知っているのだ。いつもはほとんどわたしにノータッチ(良く言えばさっぱりとした対応)な牧師もこの事態においては配慮が必要だと判断したのだろう。実に親身になって話をしてくれた。
 礼拝が始まった。説教で何が語られたのか、牧師には申し訳ないがまったく覚えていない。何かすごく中身のある話を聞いたことだけは覚えているのだが、それが何だったのかということは記憶にないのだ。でも、まぁ、わたしの潜在意識の中にはしっかりと刻まれているだろうから、糧にはなっている。
 で、礼拝が終わった。みなに配られる週報にも祖母の訃報は載っていなかった。別にそのことが不満なわけでもない。教会にとっても祖母の死は微妙な立ち位置にあって、わたしは教会員なのだけれど、祖母はもちろんそうではなくて、クリスチャンでもなく、教会には全く関わりのない人だったのだ。だからまぁ、至極当然な対応でもっともだったと思う。
 そのことは別にいい。(じゃあ、何で書いたんだよ。)今年の1月1日の記事「変わった贈り物」に書いた、わたしがプレゼントしたモンシロチョウが何でも蝶になったらしいのだ。「ちょうちょになったよ」とその人はとても嬉しそうに語る。彼女に聞くと今までモンシロチョウのさなぎを飼ったことがないと言う。だから、言わばこれが初ちょうちょなのだ。ちょうちょの話をする時の彼女の顔は実ににこやかで、あぁ、プレゼントして良かったなとわたしの方まで嬉しい気持ちが伝染してくる。彼女の旦那さんも控え目ながらも「少し嬉しかった」と言ってくれた。
 やっぱり、さなぎがちょうちょになるとみんな嬉しいのだ。あの変わりようが実に感動的で、何だか素晴らしい物語に参加しているような気分になってくる。
 祖母の葬儀を明日にして、少し気持ちが固くなっていたわたしだったが、その心をモンシロチョウの蝶になった知らせがやさしく解きほぐしてくれたようだった。正直、心がほっこりした。暖かい気持ちになれた。
 それにしても夫妻にあげたモンシロチョウのさなぎが2匹とも蝶になったというのがとても意外だった。うちのさなぎ軍団19匹は2匹しかちょうちょになっていないのに、彼らにあげたさなぎはすぐに蝶になった。彼らの暖かい心が春到来を早めたのかもな、などとわたしは考えてみたりする。
 贈り物って金額じゃない。金額という要素もたしかにあるけれど、モンシロチョウのさなぎは何物にも代えられないようなほっこり感と幸福感を夫妻に与えて、それがわたしにまで広がってきた。幸せって連鎖していくんだ。
 これはキリスト教的ではないけれど、『死ぬ瞬間』で有名なE・キューブラー・ロスが言ったように、死ぬことは肉体というさなぎの状態から蝶になって飛び立っていくことなのかもしれないなって思う。祖母は蝶になって天国へと旅立って行ったんだよ。きっとそうだよ。
 祖母の葬儀の前日にちょうちょになったという知らせが聞けたことは偶然ではないように思う。神様がわたしにモンシロチョウと祖母のことを重ねて考えなさいって言われたんじゃないかってわたしは思う。
 祖母は今頃蝶のように天国を飛び回っているのかな。

 神様、祖母に平安と安息をとこしえにお与えください。主イエスのみ名によって。アーメン。

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