1人でいいからわたしの文章を読んでシビれてくれたらそれでいい

いろいろエッセイ
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 わたしのブログ、曲がりなりにも続けているのだけれど、求められてないなって本当思う。わたしのブログ、わたしの文章、読みたいと思う人なんてほとんどおりません。それはアクセス数を見れば明らかなことで、その数字が示すがごとく、わたしが文章を書くことは求められていない。
 求められない、というのは寂しいものだ。自分がどんなに創意工夫をしていいものを作ったとしても誰も欲しいとは言わない。買い手がつかない。ニーズがない。
 誰も(というかほとんど多くの人が)求めていないのになぜわたしがこのブログを続けているのか、書き続けているのか。正直なところ、理由は自分でもよく分からない。なんでかね~? どうしてでしょう? なんて本人でさえ分からないんだから聞いても仕方ない。
 なぜわたしの文章が読まれないかと言えば、他に面白いものがたくさんあるからだ。もしも、この地球上に文章を書く人がわたししかいなくて、文章を書けるという特異な才能があるのは星さんだけだ、となれば独占状態で多くの人がわたしの文章を読むはず。だってそれしかないんだから。でも、そこに競争相手がどんどん現れてくるに従ってその人たちに勝たなければ、その人たちの提供する文章なりコンテンツよりも面白く魅力的でなければ、どうして星などの文章を読もうと思うだろうか。
 巷では活字離れとか本を読まない人が増えていると言われるようになって久しい。ただでさえ、みんな活字を読みたがらないし、この媒体自体がそもそも人気がないのだ。今だったらまず動画でしょう。何をするにしても動画を見て、生活の中心が動画を見ることにある。それが一般的なのだと思う。だからこそ、何でくそ面白くなさそうなどこの馬の骨か分からない奴の文章なんて読んでる暇なんてない、というのももっともな意見だ。だいたい、今の時代、中身がどうかじゃなくて、誰が書いたかってことが重要なんだよね。東大の名誉教授は何かくだらないレベルの低いことを言ったとしてもみんなに注目してもらえるけれど、一方、放送大学中退の実質高卒のわたしのような人間が何を言っても、どんなにいいことを書いてもスルーされるわけ。ネームバリューってあると思う。だから、以前わたしに働けとうるさかったYが言った「無職の人間が何言っても説得力ないよ」っていうことなんだろうな。でも、わたしのブログ、真面目に読んでもらえばすごくいいこと言えてると思うんだよな。って自分で言っちゃってるけど。Yだってきっとわたしの文章のキラキラ光っているその輝きがあることは否定していない。いいことは言っている。けれど、無職だから何いっても心に響かんよ、ってな感じで。
 となれば、今のわたしに欠けているのは文章力や中身もそうなのかもしれないけれど、それ以上に何よりも箔(はく)だ。自分の肩書きだったり実績だ。ってそうなると何か大きな賞を取るとか、難関大学に合格して高い学歴を得るとか、そういった差別化がはかれるようなことが必要になってくる。自分の文章を読んでもらうため、そしてその説得力を増すためには肩書きが必要。無職では、高卒では文章が響いてこない。
 思うんだけどね、それって力を得る、つまりは強者になるっていう方向性じゃない? 星さんはそこまでして強くなりたいの? 人よりも秀でて突出していたいの? いや、違う。そうじゃなくて、いい文章を書きたいんだ。とにかくいい文章を書きたい。
 人からどう思われようと、そんなことでブレるんじゃなくて、いいものを作りたい。まぁ、孤高の芸術家みたいなことを言っておりますが、じゃあこの世での成功は特に考えないと?
 成功した人や、成功した物というのはたしかに良質だから、優れているから、必要とされたから成功したんだ。でも、それって本当にいいものなの? おそらくいい物であることが多いだろう。だって多くの人から必要とされて求められたのだから。でもさ、いい物でもその価値をみんなが分からなくて、っていうことない? うーむ。みんなに必要とされないけれどいい物ってあるのかな? そう、それは1000人いたら999人の心には刺さらないのだけれど、その中の1人の人生を豹変させるほどに刺さる、みたいなやつ。わたしの文章ももしかしたらそういう類のものなのかもしれない。いや、1000人いても1000人心に刺さらなかった。じゃあ、1万人だったら? それでも一人も刺さらない。ってどんだけその文章、つまらないんだ? そんなことはないでしょう。わたしの文章だったら1万人いたら50人くらいは刺さるんじゃないかなぁって思う。うぬぼれ? まぁ、うぬぼれですけどね。ともかく中身のあることを書いている自信はありますからね。
 となれば、1人。たった1人でいいからわたしの文章を読んでシビれてくれたらそれでいい。高望みはいたしません。1人でいいです。1人、最高にわたしの文章を読んでシビれて唸ってくれたらもう言うことない。あぁ、わたしが求めていたのは多くの人にほどほどに無難にウケることではなかったんだ。誰か一人、いや、もっと欲張ってできたら数人でもいいから「面白い。これすごく面白いよ。しびれた。本当しびれた」って思ってほしかったんだ。だから、もうアクセス数などというものは気にしません。アクセス数じゃない。どれだけその人がわたしの文章を読んで心を動かしてくれたかなんだ。動かせたかなんだ。
 とまぁ、そんな調子でやっておりましたら今日のアクセス数は1でした、ってなことになるかもしれない。でも、もしかしたらその1の1人が猛烈に最高だと思ってくれたかもしれない。だから、気落ちすることなくその1という数字、1人というアクセス数をかみしめたいと思う。
 数じゃない。質だよ。これからも精進していきますので楽しみにしていてください。ってポジティブすぎる?(笑)

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