しなやかな人になりたい

いろいろエッセイ
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 人には立場がある。置かれている状況がある。その人特有の歴史がある。そのような違うもの尽くしの人間同士で話をすれば意見が異なるのは当たり前だ。
 けれども、どうしてもわたしは自分の意見に固執してしまう。こだわってしまう。自分の意見の正しさを執拗に訴えたくなってしまう。
 みんな何だかんだ言っても、自分の意見がもっとも正しい意見だと思っている。それは当たり前のことだ。自分の意見なのだから。もっとも納得のいく意見。それは自分の意見だ。紆余曲折をへて様々な情報を取捨選択してきた。それらを踏まえて今の自分の意見というものはある。だから、強固なのだ。
 わたしがなりたい人。それはしなやかな人だ。柔軟だと言ってもいい。その人は他の人の意見をしなやかに受け止める。そして、否定せず、相手の意見をそういう意見もあるものなのだなとさらりと聞く。でも、その人には意見や見解がないわけではない。もちろんしっかりと自分の考えも持っていて、必要な際には出し惜しみすることなくやんわりと「わたしはこう思うんです」と主張する。けれど、何も押し付けがましくなくて、とにかくスマートでしなやかなのだ。
 そんな人になりたいと思いながらもわたしはそれが全然できていない。相手と自分の考えが違うと、相手を説得して自分の考えに同意させようとしてしまうし、その時の口調は敵対的で攻撃的だ。しなやかさとは対極にあって、押し付けがましいったらありゃしないのだ。
 わたしにはわたしの意見があるように、他者には他者の意見がある。それに他人を征服して自分の考えの人間を増やしたとしても、それが一体何になるのか。つまるところ、それが全世界的な規模にまで行けば、独裁でも振るいたいということになる。自分の意見をみんなが、いやみんなじゃ満足できなくて全ての人が同意してくれなければ、と世界を画一的にしたくなるのである。でも、そんなことして楽しいのだろうか。嬉しくなるのだろうか。さらにそれがもっと原理的な話になれば、世界中の人間がわたしにならない限り満足することはできないだろうと思う。つまり、わたしがすべてになるのである。危ない。これは危ない話だ。
 だから、みんな違ってみんないい、とまでは思えないけれど(犯罪とか人に迷惑をかける行為をいいとは思えないので)、多様性というものはとても大切なことだと思うのである。そもそも、みんな一緒で同じだったら会話する必要なんてないだろう。どうせ自分の考えていることと同じことしか考えていないのだから。そんな世界楽しくないし、空しい。会話というのは自分の予想していない返答が返ってくるから面白いという側面がある。それが画一的になりみんな同じになってしまったらもうつまらな過ぎるだろう。
 みんな違って当たり前で、だからいいんだ。
 物事は多様な人々の目に晒された方が、いろいろな人によって考えられた方が完成度が高くなると思う。つまり、いろいろな人によっていろいろな批判を受けた方が物事はより深まっていくのだ。磨かれていくのである。たとえばわたしのこのブログの文章にしても、2、3人の人だけの意見よりも、100人の意見の方がより改善点が見えてくる。
 そういう意味では、批判を受け入れようとはせず自分の意見に固執ばかりしているわたしは成長から遠いのではないか、ということになりそうだ。さきに書いた「しなやかな人」というのは批判を拒否するのではなく、しなやかに受け入れ生かして自分の糧にする。そうして、さらにしなやかになっていく。しなやかな人は謙虚な人だとも言える。自分が間違っていて改善した方がいいと思えば素直に考えを修正するし、他者の意見に対して開かれた姿勢を持っている。つまり、独裁者は成長しないし、成長できない。批判に対して開かれた姿勢を取らない限り、思考が硬直化することは明らかだからだ。だから偉そうに自分の考えに陶酔して人の意見に聞く耳を持たないような人間はいただけないのだ。
 自分はもしかしなくても、間違っているかもしれない。自分の意見は絶対ではない。この謙虚さはやはり必要だ。
 どんな人の考えであっても、その人の意見の最新版でしかないのだ。だから、バージョンが日々更新されてアップデートされていく。だから、日々改良、日々改善、日々向上なのである。そう考えれば批判というものは苦いものではあるけれど、ありがたいものではないか。わたしを改良してくれるものかもしれないからだ。(参考にならない批判、的外れの批判もなかにはあると思うので)他者に対して開かれた態度を取るのはなかなか難しい。自分の意見を絶対視して批判を無視する方が断然やさしい。
 でも、わたしは良くなりたいのだ。良くなっていきたいのだ。だから、他者の意見をすべて採用することはないとしても、意見は意見として聞く耳を持ちたいのである。そして、それが結果的にしなやかな人になるということにつながっていくのではないだろうか。
 しなやかな人になりたい。みんなで、しなやかさんを目指そう!

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