星の読書日記4冊目「欲望のダイエット」~佐々木典士『ぼくたちに、もうモノは必要ない。増補版』

星の読書日記
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 文庫で300ページくらいはあるこの本(佐々木典士『ぼくたちに、もうモノは必要ない。増補版』)をほぼ一日で読み終えてしまった。それくらいエキサイティングで面白く、興奮するような読書体験だった。
 最近のわたしの記事で、文章の最後に「ミニマリストの本でも読んでみるかな」とポロっと書いたと思う。そして、何かの力に導かれるかのようにミニマリストの本を読んでみたのだ。そうしたらわたしが抱えていた悩みとか葛藤とほぼ同じようなことを著者も抱えていた。
 著者はわたしから見たら早稲田大学を出ていて出版社に勤めていたくらいだからエリートなのだと思う。しかし、彼には彼なりの苦悩があった。それは学生時代にはほぼ同じようなものだったのに、その後、社会的に成功してお金持ちになり、リッチな生活をしている人の存在だった。そんな人と自分を比べて著者はやりきれない気持ちになり、苦しい気持ちでいた。さらには自分が好きだった女性がお金のある別の人と一緒になったりもした。これは普通に考えれば面白くないだろう。絶対イラつくだろうし、自分がみじめに思えてきても仕方がないだろうと思う。
 そんな著者がミニマリストという、モノを必要最小限しか持たない生き方と出会い、その後、人生が好転していくというまるで映画のような話が本の中には書いてある。モノを減らすだけでうまくいくもんなんですか、と疑いたくなるのは当然のこととしても、少なくとも彼の人生だったり、彼と親交のある他のミニマリストの人たちはそれで人生が大きく変えられたそうなのだ。
 わたしたちは資本主義経済の世界で毎日生きて暮らしている。だから、その中ではお金をたくさん稼いで貯め込んで、たくさん消費して豪奢に暮らす。大きな家でリッチに贅沢な生活をする。それこそが勝者、いわゆる勝ち組であって、それができずに経済的に窮乏したり欲しいものが満足に買えない人というのは敗者であって負け組なのだとわたしたちは事あるごとに思わされるようになっている。
 が、ミニマリズムはそれに対して別のあり方を提示しようとする。自分のモノを減らすことによって。自分のモノを減らす。これは一般的には不自由になることだと思われている。しかし、その手放すことによって逆に自由になって別の意味で豊かになっていくのだ。モノに束縛され身動きができなくなり窒息しそうになっていた状態からの解放を目指すのだ。モノをたくさん持つことによって注意が散漫になっていた状態から、少ないモノへと注意を集中させる。そうすることによって、その厳選された少ないモノを大切に扱うことができるようになるし、自分自身も身軽になりキビキビと動けるようになる。あれもやらなきゃ、これもやらなきゃと頭の中がいっぱいになっている状態から、やることを絞ってそのことに自分のエネルギーを集中させるような、そんな効果がミニマリズムにはあるという。いろいろな作業を同時にやろうとして重くなってしまったパソコンが、やることを絞り込むことによって軽快に動けるようになるのと要は同じ事。
 この本ではなぜモノが増えてしまうのかについても人間の脳の仕組みなども交えながら説明してある。人間の脳は「差」に反応するものらしい。何かを買うと持っていない状態から持っている状態へと変化する。その差が人の感情を動かす。でも、手に入れた瞬間は嬉しかったり喜びがあっても、そのことにはすぐに慣れてしまい、最終的には飽きてしまう。そして、新しいモノを買う。で、慣れてまた飽きる。で、また新しいモノを買って……と延々と同じ事を繰り返す。この慣れの恐ろしいところは、その人が手に入れたものがどんなにまわりから見て価値のあるものだったとしても結局すぐに慣れてしまい飽きてきて退屈するというところ。だから、3億円の豪邸であっても、住み始めた1日目は天にも昇る高揚した気分だったとしても、それが1週間、3週間、1ヶ月、半年、1年と時が流れていくにつれてそのことに喜びを見出せなくなる。人間というものはとにかく新しいものが好きなようなのだ。そして、3億円の豪邸で満足できなくなった人は、今度は10億円の豪邸に住みたくなる。で、またその10億円も慣れて飽きてしまい、さらに要求水準は上がっていく。となると、どこまで高価なものを手に入れても満足することができない。どんなに素晴らしいものを手に入れても結局は慣れて飽きてしまうのだから永遠にこれを繰り返すしか欲求を満たす方法はない。
 自分の欲望を満たし続ける生き方というものには限界がある。なぜなら、手に入れることのできるお金というものには限界があるからだ。どんどん手に入れるものの格を上げていけば、必ずどこかでかなえることができなくなる時が訪れる。金銭的にもう限界だ、と。
 だから、それとは逆のベクトルをミニマリストは取る。モノを増やしていく、モノの等級を上げていく、のではなく反対にモノを手放していくのだ。そして、質についてもミニマリストでもいいモノを持とうとする人と安いモノで済ませようとする人がいるらしいのだけれど、それでもモノを増やしていくのではなくて減らしていこうとするのだから極端にモノの等級がどんどん上がっていくということはないだろう。中にはモノにすごくこだわる人もいるからその持っている一つひとつが高価だということはありうる。しかし、その点数がどんどん増殖していくという生き方ではない。
 自分にとって何が本当に必要なのか。自分の最小限(ミニマル)とはどこあたりなのか。絶えずそのことをミニマリストは考えて吟味し、持つモノを厳選する。だから、本当に必要なものしか買わないし、自分にとって必要のないモノをどこまでも削ぎ落とそうとする。
 この本を読んでいたら、何だかすごく気持ちが楽になった。あぁ、無理して大きな家に住まなくてもいいんだな。そして、そのために死に物狂いで人生の大半の時間をつぎ込んで働かなくてもいいんだな。必要のないモノを買わないようにして、自分にとって本当に必要なモノだけを買い、そして絞られた自分にとって本当に必要で心地のいいモノと共に生きていけばいいんだな。大人のたしなみとか、人からどう見えるかとか、そんなこと気にしなくてもいいんだな。それよりも自分が心地よく快適に暮らせていることの方が大事なんだな。豪邸に住んで贅沢に暮らすことだけが人生ではないんだな。
 そういう風に思えた時、多くの人たちが必要ではないモノのために必死で働いているという図が見えてきて何だかすごく気の毒に思えてきてしまった。本来は、生きていくのに必要なだけ働く。それでいいのではないか。そして、働く働かないは本人の選択によるものであって、働かなくても最低限の生活ができるのであればあえて働かなくてもいいのではないかと思えてきた。必要のないモノを買うために自分をすり減らしておかしくなる。それだったらむしろ必要のないモノはほどほどにするか、ある程度手放すようにして自分をそこから解放する。そうした方がいいのではないかと思わざるをえない。人間は無駄なモノ、必要のないモノがほしくなるけれど、それをあえて逆のベクトルへ進みむしろ手放せるだけ手放していこうとする。これは最も合理的な現代人への処方箋だと思う。どこまでいっても満たされない、何を買っても何をやっても満たされない、そんなある意味欲しがり病への本当に効果的な処方箋。欲望をどこまでも大きくしていって、それをかなえるためにさらに多くのお金を稼ぎ貯め込む。そうではない。そうではなくて、いかに自分の欲望を小さく最小限にすることができるかと考える。そうすれば、欲望を満たすためにお金が足りないと悩むこともなくなる。ただ、欲望を最小限にしていくことにもまた行きすぎてしまうことの危険性がないとは言い切れない。どこまでも手放していこうとすると最後には命をも手放すことになるからだ。でも、そこまで行くことはないだろう。なぜなら、現代人は欲望ばかりが肥大して、いわば太りすぎているからだ。それをミニマリズムで手放していき、ダイエットしていくというのは悪いことではないからだ。必要のない、無駄な肉をそぎ落として健康的になる。そういう方向性としてミニマリズムはダイエットのような、それも欲望のダイエットとして意義があるものだと思う。その方法として一番手っ取り早いのがモノを減らすこと。そうすれば次第にやせていき、健康的になっていくのだろう。
 著者は言う。「家はもっと狭い方がいいのだ」と。そして、引っ越しも30分で終わったとのこと。まさにアンビリーバブル(笑)。持たない身軽さ、そして持たない幸せ。
 わたしも早速、著者に触発されて、家にある読みそうもない本を古本屋に売って処分した。もちろん、本の中でも写真付きで紹介されているような著者やその他のミニマリストの人たちのような、まるでモデルルームのような片付き方(というよりモノがほとんどない)にまではとてもではないけれど及んでいない。まだまだモノがあり散らかっている我が家ではある。でも、ミニマリズムは人と比べてどちらの方がモノが少ないかと競うものではない。さらには、その人その人によって必要な最小限のモノの量は違う。そして、必要なモノの量は常に変動しているから、増やしたくなれば増やしてもいいし、モノを増やす減らすは自由。何よりも強制的にモノを減らさなければならないわけでもない。自分が一番心地よいモノの量であればいい。その方向性として著者はやわらかくおだやかに、無理強いなど決してすることなくわたしたちにミニマリズムをすすめている。
 本を処分して片付けたらすごくスッキリした。頭の中がスーっとした。家は前よりも広くなったし、思考もクリアになったように思う。空間的にも広くなり、それと同時にわたしの頭の中にあったゴミも取り除かれたように感じる。モノを減らす。たったこれだけのことなのに侮れないなと思った。
 禅やヨガや瞑想ともつながるこのミニマリズム。手放す。モノと情報にあふれる時代だからこそ必要なそんな生き方。必要としている時にこの本に出会えて本当に良かった。



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