別の道

キリスト教エッセイ
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 台所でお昼の食事を作っていたら、玄関のベルが鳴った。何だろう、誰だろうと思った。きっと宅配の人だろう。そう思って玄関の扉を開けるとそこにはMさんの姿があった。Mさんはわたしが最近行かなくなった教会の教会員さんで何かにつけてわたしのことを気遣ってくれた方だった。
 一瞬気まずいのではないか、という懸念が立ち込めたけれど、もう仕方がない。目の前にはMさんが立っていて会話はスタートしてしまっている。お久しぶりです、とお決まりの挨拶をして「最近どうですか?」となったのでありのままに話をした。ヨガとアーユルヴェーダと出会ってキリスト教とは何かなじめなくなったこと。牧師の説教を聞くと心がかき乱され、穏やかな気持ちでいられなくなること。Mさんはわたしの考えを否定などしないでただただ模範的と言ってもいいほどまでに傾聴してくれる。Mさんがわたしに「ダメじゃないの」と頭ごなしに叱りつけたり、「間違ってるのよ」などと言ったりするような人ではないことは分かっている。それでも、そんないつも通りのMさんの態度が何だか嬉しかった。
 もう教会に行き始めて6年目。顔なじみというか、わたしも定番の常連の顔ぶれとなっているくらいに教会生活を送っていた。けれど、ある時、教会生活というものを手放してみようと思った。と言うよりも教会生活に意味が感じられなくなってしまったのだ。礼拝をしていてもその時間が無意味に思えてくるし、説教は説教でせっかくわたしが自分で自分自身を整えて穏やかになってきているにもかかわらず、それを踏み荒らされる。これは合っていないんじゃないか。そう考える方が妥当というか賢明ではないかと思うようになった。
 礼拝をしても、教会生活をしていても平安が得られない。じゃあ、何で教会へ行くんだ? 平安が得られないのに、いやむしろ心が乱されているというのにそれでも教会へと行くのか? 行かなければならない? 教会員だから? クリスチャンだから? それがやらなければならない嗜みのようなものだから? そして、答えとしてわたしは教会へ行かないという道を選択することにした。
 Mさんが一瞬少し悲しげにわたしにたずねる。「これからもう教会へは行かないの?」わたしは「分からないです」と答える。それもそうだ。未来のことなんて分からない。今は教会に行く気がしないけれど、数ヶ月後、あるいは1年後にまたひょっこりと教会生活を再スタートしているなんてことも十分ありうるからだ。でも、少なくとも今は教会へは行く気がしないんだ。
 教会が神聖な場所だということは分かっている。聖なる場所、教会。しかし、そこがどんなに聖なる場所でそこで行われる儀式がどんなに聖なるものであったとしても、それに参加するかどうか、連なるかどうかというのはわたし自身が決めることなのだ。もちろん、わたしがまた教会へ戻ってくればMさん含め信徒の皆さんは喜んでくれることだろう。でも、わたしは彼らを喜ばせるために教会へと行くわけではない。顔色をうかがって彼らのお眼鏡にかなうように振る舞うために教会へと行くのではない。そうではなくて、教会という場所は礼拝をする場所なんだ。そして、それが中心にある祈りの家なんだ。だから、もしもわたしが礼拝に意義を見出せないのだけれど、信徒の皆さんと話がしたいからと礼拝が終わって皆が雑談を始める頃に行くようなことをするのであれば、それ以上に彼らに対して失礼な態度はない。わたしは真面目すぎるのだろうか? いや、そんなことはない。教会という場所は社交的な意味合いのある場所でもあるけれど、決してそれ自体を中心に置いてはいけない場所なんだ。礼拝をする。それがまずある。そして、その礼拝を確実に着実にやった上で、さらにオプションと言っていいのかどうか分からないのだけれど、信徒の交わりがあり、社交の場的な場所として機能する。
 しかし、それにしても6年も通っていた場所へ行かないというのは大きな変化だ。Mさん以外の他の信徒の方はどう思っているのだろうか。それは分からない。母が言うには「今日は○○さんが息子さんは?って心配してくれてたよ」とのことだけれど、じきにこの行かない期間が長くなればそれが当たり前のこととなりそうした心配もされなくなるのではないか。なんて、そんなことは分からないし、こう断言してしまうこと自体が教会の皆さんに失礼だということは重々承知している。しかし、どんなに心配されようとされなかろうと、今わたしが教会へと行く気がしないこと。それだけは確実なことだ。行く気がしない。行きたくない。それだけは確実。もちろん、心配してもらえれば嬉しいけれど、でもだからと言ってそれにほだされて、その人たちを喜ばせるためにまた教会へと戻るか、と言えばそれは違うような気がするんだ。
 そうしてかれこれMさんと立ち話を10分くらいはしていただろうか。わたしはMさんの教会へ行ってほしいという期待や思いには応えることができなかった。でも、わたしにはわたしの道があり、MさんにはMさんの道がある。この6年もの間、Mさんとは同じ道を進んでいく同志であり仲間だった。でも、今、わたしとMさんは分かれて違う道を進んでいく。「わたしはこっちへ行く」。「わたしはこっち」と分かれて少しばかり違う方向へと進んでいく。しかし、Mさんはわたしに言ってくれた。「戻って来たくなったらいつでもまた戻ってきてくださいね。やれるところまでやってどうしようもなくなったらまた戻ってきてくださいね」と。戻れる場所がある。帰れる場所がある。教会という場所はホームなのだと何かの時に牧師が言っていたのをふと思い出す。
 わたしはヨガ的なライフスタイルを送りたいと思っている。で、ヨガをやれるところまで自分なりにやっていきたいと思っている(ヨガの先生になるとかいうのは別として)。この先に待っているのが絶望なのか、闇なのか、はたまた希望であり、光なのか。それは進んでみなければ、そして自分自身で実際にやってみなければ分からない。Mさんは言う。「やれるところまで自分の思うようにやってみてください」。
 Mさんはごていねいにもイチゴを置いていってくださった。食べてください、とのこと。隣人とは何か、どのような人が隣人と呼べるのか? わたしはMさんのような人だと思った。別にわたしの電話番号だって知っているのだから電話一本で済ませてもいいのだ。けれど、Mさんはそうしなかった。それどころか、実際にわたしに会うためにわざわざわたしの家まで来てくれた。これこそ、誰かの隣人になるということなんじゃないか。それが、わたしにとってはそれが本当に嬉しかった。
 帰り際のMさんは少し寂しげだった。わたしが当分、いやこれから先もおそらく教会へは戻らないかもしれない、といったことを言ったからだろう。でも、わたしはMさんと話ができて、それも実際に会って話ができて嬉しかったし、良かったと思っている。もしかしたらこれから先、Mさんとはもう会うこともないかもしれない。まぁ、出会いがあれば別れもある。それが人生。「わたしは右へ」「わたしは左へ」と違う方向へと進む二人。けれど、進む方向は違ってはいても結局は同じ神様のもとへと進んでいくんじゃないか。見かけはちがう道だけれど、それは一つの山をどのルートで登っていくかという違いにすぎなくて、結局目的地は一緒なんじゃないか。少なくともわたしとMさんは両方ともいずれは死ぬ。そうしたら同じような死後の世界が待っている。Mさんは高齢だ。だから、Mさんの方が先に生涯を終える。でも、そんなMさんの人生の道において、ほんのしばらくだったけれど一緒に同じ教会へ行き、毎週礼拝を守り、集会へも参加して共に歩めたことは私自身、とても光栄だし誇りにさえ思っている。ただこれから先、一緒ではなくなるというだけの話。別の道を歩むというだけの話。それでも、ここまで一緒に歩んできた6年という月日、歳月は何物にも代え難く思い出の中で光り輝いている。
 Mさんお達者で。わたしも達者に歩んでまいりますのでどうかご自愛くださいませ。と言いつつも2ヶ月後くらいに「やっぱり気が変わった。熱い信仰を取り戻した」と教会に戻っているわたしがいる、のかもしれない。こればっかりは分からないんだよな。
 今この瞬間に正直に自分に嘘をつくことなくやりたいこと、ワクワクするようなことをやっていきたいとわたしは思っている。そして、それこそが自分らしい生き方へとつながっていく。
 この6年間は決して無駄ではなかった。それだけは胸を張って言える。出会いと別れ。寂しい気持ちもあるけれど、これは仕方のないこと。人は変わっていく。状況も置かれた環境も何もかも時と共に変わっていく。だから、わたしは変えてみようと思った。今の自分に一番しっくりくる理想のあり方へと。幸あれ。

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