石の上にも三年

 最近、どうもうまくいかない勉強がある。それはヨガをやっていたらやりたくなった分野の勉強で、体の仕組みについてだ。筋肉とか骨、ならびに姿勢とか。その分野を勉強するとしたら、人体解剖学とか生理学とかそんな感じになるとは思うのだけれど、どうも積み上がっていかない。というか、あまりにも壁が高すぎて立ち往生しているのだ。
 未開の分野、初めて勉強する分野ではまずは入門書を買いましょう、とのことは分かっている。が、入門書らしきものを読んでもどうもしっくりこない。これはたまたま自分が求めているものが数冊の本において出会えていないだけなのかもしれない。
 それにしてもこの体の仕組みの学びは難航していきそうな予感がする、というか、もう難航し始めている。
 わたしも多くの人と同じく、すぐに結果が出るものが好きだ。いや、すぐにそれなりの結果が出てこないとやる気を失うと言ってもいい。だからこそ、今回の結果がすぐに出そうもない学びには困難を感じているのだ。
 というか、まだ学び始めて数日しか経ってないだろ。そんなお叱りを真面目な方々から受けそうだ。この分野のプロと言ったら、理学療法士とか整形外科医になるのだけれど、彼らだってそんな2、3日でその道を修めているわけでは当然ない。地道な勉強をコツコツと重ねてプロフェッショナルとして通用するレベルまで高めていったのだ。
 わたしは自分自身にこう言いたい。「星よ、焦るな。まだお前の学びは始まったばかりではないか」と。
 すぐに結果を出したいわたしは即効性があるものに飛び付こうとする。でも、考えてみればすぐに結果が出るものって底が浅いことが多い。どんな分野だって真面目に基礎をコツコツ、コツコツ固めていくことによって、華々しい応用がきくようになる。
 わたしは中学時代卓球をやっていたからそれがとてもよく分かるのだけれど、フォア打ちという(カモのフォアグラではない)こちらから見て卓球台の右側と相手から見て右側の対角線上でひたすら同じ場所にぶれずに打ち合う打法があるんだ。言ってみれば、卓球はフォア打ちで始まりフォア打ちで終わると言っても過言ではない(まぁ、それだけではもちろんないのだけれど)。卓球を始めたばかりの初心者も、世界チャンピオンも同じように、熟練の度合いこそ違えど、この打法は必ず練習する。いや、卓球の練習において「今日はフォア打ちの練習はしない」ということはありえないのだ。
 しかし、それにしても最初はフォア打ちの練習をまずはして、できるようになるのを目指すものの、こればっかりやっているとダルくなってしまう。飽きてくるのだ。あぁ、こんな基礎練なんかやめて華々しい応用をやりたい。華麗な回転技に変化球にとやりたくなるわけだ。しかし、このフォア打ちがまともにできないようではそんな離れ業などできるわけがないのは明らかなことで、ともかく最初のうちは地味なフォア打ちならびに基礎練が続くのだ。
 あぁ、そうかわたしの体の仕組みについての学びも今はフォア打ち、いや、その前の段階の玉つき(ラケットでボールをひたすらつき続ける練習)なんだな。このほとんど面白くもない基礎があってこそ、発展があり、それができるようになるのだ。
 が、毎日玉つき、あるいはフォア打ちというのはたしかにダルい。でも、この基礎があってこそその上にいろいろなものが積み上がっていくのだ。勉強だってこれと同じで、英語ならアルファベットも覚束ない人が難しい英文など読めないように、まずは基礎ならびに基本からなのだ。
 「石の上にも三年」という言葉がある。そうだな、最初から3年というのはちょいきついから、まず3日、そして一週間、三週間あたりまで続けることを目指してみようか。わたしのヘブライ語の勉強だって最初がきつかった。アレフベートを覚えるのがたまらなく大変できつくて、何度も何度もアレフベートで挫折した。だから、基礎っていうのは案外大変なものなんだ。
 人体解剖学的な学び、あきらめないでやっていこうかな。やっていったら道が開けていくのかもしれない。で、やってみてそれも三週間くらい続けてみて、自分に向いていないとかさっぱりダメだ。無理だっていうことだったらまたその時はその時で進退を考えていけばいいだけのこと。とりあえず、難攻不落で自分にはこんなに高くそびえ立つ山を登れるようになんてならないと思えたとしても、まずは迂回するなり何なりして、ともかくその山を登ることそのものは諦めないようにしたいと思う。山は高く険しい方が登り甲斐があるとも言えるではないか。
 やめたくなったらいつでもやめられるし、やめることそのものは悪いことでも何でもない。それこそが独学の長所でもあり短所でもある。それに理学療法士になるんだと高い授業料を払う学校に入ったわけでもない。責任やら痛手が少ない(ほとんどない?)分、自由に学ぶことができる。
 そうだな、理学療法士が使うテキストとか取り寄せてみようか。そうしたら初学者でもある程度のところまで行けるようになるかもしれない。まずは、やさしいところから。そして、少しずつ難しく専門的なものへと深めていく。そうして学んでいったら結構ものになるんじゃないか。そんな希望がわたしの中に芽生え始めている。
 あきらめない。とりあえず始めてみる。そして続けてみる。続けてみて、そうしてそれから続けるかどうか試行錯誤しながら考えていく。すぐにあきらめて放り出さないで続けていきたい。そうすれば、道が開けていくだろうから。

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