よくやってるよ

 いろいろな情報が目の中に飛び込んでくる。処理、しきれない。それを優先順位をつけて捌いていくことができない。パニックまでにはなっていないけれど、それでも硬直してしまう。
 いつもは何のことなくできている注意散漫ができなくなっているのだ。次から次に情報が飛び込んできて目まぐるしくて、ただただ圧倒されている。それらから悪意を感じるわけではない。しかし、ほぼ思考停止状態。
 こんな状態になるのは何日ぶりだろうか。この文章を書いている今もその症状とも言うべき過敏な状態は続いていて、まわりの色が気になってしまって仕方がない。何か執筆そのものに集中できないというか。
 この文章もおそらく明晰さに欠けることだろう。今、300文字あたりだけれど、だいぶいっぱいいっぱいだ。
 わたしたちは日々、多くの情報に晒されている。それを散漫に乗り切っているのだからやはりすごい。その当たり前のことは本当にすごいと思う。
 注意力散漫になれない。細かいところが気になって目に映るものすべてを処理しようとしてしまう。でも、そんなことはどだい無理だ。必要なものは情報として入れて、そうでないものは軽く捨てなければならない。それができないと本当に苦しい。その目まぐるしい大量の情報の前でただただ何もできないまま佇んでいるだけのわたし。調子が悪いよ。
 今朝、パソコンをやって、それから、調子が悪いと書いた後にも必要なことがあって、母のスマホの操作をして、さらにはまたパソコンをやって、そして出掛けて。で、調子が悪くなる。どうやらディスプレイを見つめるような調子で目の前の風景を見てしまうようで、それが苦しさの理由なのかもしれない。そのディスプレイが2次元ではなくて、3次元になって圧倒的な情報量でわたしに迫ってくる。こうなったらもう目をつぶるしか逃げ場がない。でも、道を歩いている時にこの症状が出たら、目をつぶるわけにはいかないから、目を開いていなければならない。そうすると苦しい。次から次に繰り返しになってしまうが、情報が飛び込んでくる。わたしの平穏な日々をぶち壊すかのように情報が飛び込んでくる。看板、信号、街行く人々、それが生々しいまでの鮮明さを持ってわたしに迫ってくるのだ。こうなるととにかく気持ちが悪くなってくる。何とか持ちこたえた星ではあるが、この闘い(?)はなかなか過酷で、時には折れそうになる。そして、この症状が続いている状態でどこまでも歩き続けているとまるで自分がジャックされたかのような感覚へとつながっていく。それこそがわたしにとっての統合失調症の症状のいわゆる「させられ体験」であり、主治医が言う思考障害だということらしい。今日はそこまでは行かなかった。その手前の細かな情報で圧倒されている程度で帰宅することができた。
 まわりから見たら暗い表情のお兄ちゃんが歩いているくらいだろうが、わたしの脳内ではこんな感じのことが起こっている。
 精神疾患って何でもない日常が苦しいんだよね。別に難しい神学的な議論をせよ、とか、難しい数学の問題を解けとか、恋人に結婚を申し込んで承諾を得るとか(?)、何か難関に挑むわけではない。ただただ、日常の当たり前のことが難しくなる。それが精神疾患の本質ではないかとわたしは思うのだ。
 わたしの場合、この症状が出るときには決まって弱気になる。そして思考がどこまでもネガティブになってしまう。今日、苦しい中、道を歩きながら今通った車も数十年後にはおそらく廃車になっているんだろうな、とか、このおばあさん、あと10年後にはもう死んでるんだろうな、とか、すべては過ぎ去っていって滅んでいくんだよなと妙に達観した気分になって苦しさと物悲しさが混じっているのだ。そして家に帰ってきて、母と二人で夕ご飯を食べながら、思考停止で何もできない自分が本当にみじめで不甲斐なくて母に「何もできなくてごめんね」といい歳したおっさんなのに涙を浮かべる始末。すると母は「いつもわたしに言ってくれるじゃない。ごめんねじゃなくて、ありがとうって言ってって。」何だかその言葉がとても心の琴線にふれてきて、うるうる、うるうるの星なのであった。
 わたしは調子が悪くなるとすさまじい無力感、無能感に包まれてそのことに思考が支配されてしまう。そんな時は「何て自分はダメなんだろう」と泣けてくるのだ。でも、その評価は正しくない。今、少し思考が戻ってきたせいなのか思うことができるのだけれど、ダメじゃない。いつもよくやっているじゃないか。大地はよくやってるじゃないか。本当よくやってるよ。母を助けているし、食事だって頻繁に作っているし、少しでも調子を良くしようと懸命に努力している。生活を改善しようとアーユルヴェーダだって始めて「調子が良くなってきた」と喜んでたくらいじゃないか。それをダメだ、なんて言ったらばちが当たるよ。よくやってるよ。本当、よくやってるよ。
 わたしはダメじゃない。ダメじゃないんだ。わたしはわたしなりに精一杯やってる。精一杯前向きに生きようとしている。だから、ダメなんかじゃない。
 絶望へ希望の光が差し込んできたような、そんなかけがえのない一日だった。
「ダメじゃない。よくやってる。」
 何度も何度も自分に言い聞かせようと思う。わたしはよくやってる。

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