今週、我が家では急展開があった。ショッキングな出来事があり、しかもダブルで来たのだ。
「神様、マジですか。」
本当にそう思った。その衝撃に押しつぶされそうになったわたしだった。でも、マジなのだ。まるで現実ではないような、そんな現実感さえないような急展開。
ここまで書けばだいたい予想がつくだろう。そう、祖父母のことなのだ。
星さんのじいさまは腸捻転で緊急手術をして大変だったとさ。で終わった前々回の記事だったが、あれから祖父はどうなったかと言うと、生きております。生きておりますよ。精一杯命の限り生きております。近況としては、あれだけの急展開だったからだろう。せん妄になった。そして、これは急展開とはあまり関係はないが、体が弱ってほぼ歩けなくなったのだ。これではおそらく以前のように自宅で生活することは無理だろうと思われるほど体が弱ったのだ。昨日、病院で特別に祖父と面会させてもらえたのだが、せん妄だとされる症状をひたすら訴える祖父にわたしたちは驚かされた。現実にはありえないような知覚体験をしているのだった。「そんなことあるわけないよ」と禁句を連発する祖母の隣でわたしと母は必死の思いでフォローに回ったのだった。「ばあさん、ぶち壊しにする気か?」とあきれとかすかな怒りが交錯していたわたしと母だった。
祖父と話をして思ったことは、過去には機嫌が悪くなると平気で悪態をついたりしたこともあったが、何か憎めない人だなぁということだった。どうやら祖母が家出して行方不明になったという妄想を抱いているらしく、しきりに祖母のことを心配していて、警察から自分のところへ連絡が来るのではないかと思っていたようなのだ。それから、わたしと母のことも心配していて、自分は元気にやっているから大丈夫だと言って、自分のことよりも家族のことを考えて思案し心配していたようなのだ。何て家族思いの人なのだろう。自分が苦しい状況にありながらも、せん妄になりながらも、自分のことよりも家族の心配をしている。そんないじらしい祖父を見ていたら、何かじんわりした温かい気持ちになってきて、たしかに今こんな状態だけれど、生きていてくれてよかったなぁと改めてわたしは思ったのだった。
それから祖父は自宅へ帰りたいというところが本音なのだろうに、祖母が体調が悪くて面倒をみられないから施設へ移ってほしいというわたしたち家族の願いを嫌がることなくすんなりと受け入れてくれたのだった。この時にも自分のことではなく、祖母のことを考えている祖父なのだ。あれだけいつも夫婦喧嘩が絶えなかったのに、小競り合いばかりだったのに、祖父は祖母のことを愛しているのだ。それがひしひしと伝わってくる。それにひきかえ祖母ときたら、言うことなすことすべて五歳児よりも悪い。精神年齢が幼すぎるのだ。小さな子どもがおばあさんになったような、そんなわがままで自己本位な祖母なのである。
ショッキングな出来事の二つ目は、祖母の命があと一年ももたないと医者から宣告されたことだ。これはわたしが祖母と一緒に病院へ行って医者から直接聞いたので、伝聞などではないからわたしにとってもショックは大きかった。星さんのばあさんは一年以内に死ぬんだとさ。マジか!?それを医者から聞いた直後はあまりのショックに現実感があまりなくて打ちのめされなかったけれど、帰りの電車で「この人はもう一年後には生きていないのだ」と冷酷な現実を喉元につきつけられてだんだん実感として心に衝撃がじわじわ広がってきたのだった。祖母は人間として成熟していなくて、まるでちっちゃい子どもみたいな人なのだけれど、いつまでも生きているものだと勝手にわたしは思っていた。これからもこれからも祖母は死ぬことなく生きているんだ。まるで空気のようだった祖母の余命宣告だからだったのか、妙な違和感を感じたのだった。この現実をまだ受け止め切れていないような感じである。医者はああ言っていたけれどそれが現実には起こることがないようなそんな受け止め切れていない感じである。人はみな死ぬ。いつかは死ぬ。それは言われるまでもなく知っていることであり、わかっていることだ。でも、実際に「一年以内」と現実をつきつけられるとどう対応したらいいものか言葉を失う。祖母の死はこうしている間にも一刻一刻と近付いている。
祖母の死が近いことを受け止め切れていないわたしだが、それでも祖母には真面目な顔をして「残された時間をどう生きるかですよ。後悔のないように生きてください。」と懇願するのであった。もう治療をするという段階ではない祖母であるとわたしは思う。残されている治療は輸血くらいしかないのだ。それか、苦しむこと確実の化学療法をして一年あまり長く生きるか。しかし、祖母はもう90歳である。医者も90歳の人に延命として化学療法をすることをおすすめできないと言う。しかも、化学療法をするとなると家族の全面的なバックアップが必要になる。そこまでやって一年どうしても長く生きたいのか。その場で即答できなかったわたしたちは「考えておきます」と言って病院を去ったのだった。
こんな祖母だから状態の悪くなった祖父を介護できるわけもなく、また精神疾患のあるわたしに介護ができるわけもない。だから、祖父は施設に入所することになったのだ。
これら二つの衝撃的な出来事について書いてきた星である。なかなか今回のことはインパクトがあって自分の中でまだ消化しきれていない。
でも、生きていかなければならない。どんなに我が家に急展開があり、苦しくなろうとも愛猫ルルはカリカリを食べ、昼寝をし、うんこをしている。そうだ。そうなのだ、わたしたちもルルと同じように生きていかなければならないのだ。それが生活というものであり、人生なのであるから。
神様。神様はわたしに何を教えてくださろうとしているのでしょうか。何か言葉では言い尽くせない大切なものを教えてもらっているような、神様からの最高の授業を受けさてもらっているような、そんな気分です。
神様、わたしはそれでも生きていきます。力を与えてください。導いてください。
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1983年生まれのエッセイスト。
【属性一覧】男/統合失調症/精神障害者/自称デジタル精神障害/吃音/無職/職歴なし/独身/離婚歴なし/高卒/元優等生/元落ちこぼれ/灰色の高校,大学時代/大学中退/クリスチャン/ヨギー/元ヴィーガン/自称HSP/英検3級/自殺未遂歴あり/両親が離婚/自称AC/ヨガ男子/料理男子/ポルノ依存症/
いろいろありました。でも、今、生きてます。まずはそのことを良しとして、さらなるステップアップを、と目指していろいろやっていたら、上も下もすごいもすごくないもないらしいってことが分かってきて、どうしたもんかねえ。困りましたねえ、てな感じです。もしかして悟りから一番遠いように見える我が家の猫のルルさんが実は悟っていたのでは、というのが真実なのかもです。
わたしは人知れず咲く名もない一輪の花です。その花とあなたは出会い、今、こうして眺めてくださっています。それだけで、それだけでいいです。たとえ今日が最初で最後になっても。