全部、本当かもよ?

いろいろエッセイキリスト教エッセイインド哲学
この記事は約2分で読めます。

 1995年。つまり、今から30年くらい前。その当時の雑誌をなぜか捨てずに持っていて、久しぶりに開いてみた。
 すると懐かしい顔ぶれで、あの頃はこの人すごく人気があったよなぁというアイドルやタレントがその当時の輝きのまま、その雑誌の中でキラキラしている。
 今はもう名前すら聞かない彼らに思いを馳せながら、この世界が無常であることを思う。どんなに人気があって売れたり、流行ったりしても、時間が経てば昔の出来事になってしまう。
 そんな無常なものをひたすら追いかけ続ける生き方も悪くはないかもしれないけれど、わたしは過ぎ去っていくものではなくて、永遠なものを求めたいなって思う。
 でも、そんなものは存在しなくて、ただ万物は無常なものでしかないとあなたは思うかもしれない。永遠なんてないんだ、と言いたくなってくるかもしれない。
 永遠なんて単なる妄想でしかないのかもしれないけれど、それを信じることによって生きやすくなるのなら悪くない話だと思う。
 あと、どんな世界観を持っているかということも大きい。仏教的世界観、キリスト教的世界観、無神論的世界観、唯物論的世界観、などなどの世界観のうち、どれをその人が採用しているかによって物事の見え方と気分がガラリと変わってくる。
 そのうちのどれが真実で事実で本当か、だって? もしかしたら全部本当かもよ。全部本当で全部事実なのかもよ? 理屈ではありえないこの結論。でも、案外そうだったりして。

PAGE TOP
タイトルとURLをコピーしました