わたしは凡人なのだとつくづく思う。今日、精神科の外来に行ってきたのだけれど、ちょっとなぁと思うことが立て続けに3つくらい起こったのだ。だからそれでわたしはメンタルにダメージを受けてしまい、少々イラついていた。怒りさえわいてくる始末だった。
怒り。それは自分が大切にされていないことに対する正常な反応。自分が大切にされている時というのは怒りなんてわいてこない。むしろ嬉しい気持ちなどのポジティブな感情に包まれる。
で、何があったか? ご想像にお任せする。わたしは以前にも書いた通り、批判する生き方をやめようと思ったものだから、身内(母)にはグチグチ言うけれど、もうきれいさっぱりこのブログでは誰かを批判したり攻撃したりといったことは控えようと思っている。と、言いつつも何か最近の記事で批判してしまったような(汗)。ま、大目に見てくだされ、な~んて言行が一致しない不完全で中途半端なわたしなのだ。
やっぱり人は大切にされたいものだと思う。大切にされないと悲しくなったり、怒ったりしてしまう。それはもそのはずで自分が大切にされないと最悪の場合、生命活動に支障を来すのだ。だから、自分を守るためにもそうした本能と言うべき感情が備わっている。ということは、それにわたしは逆らおうとしているのだろうか。
わたしはどうなりたいかって言うと、達観した仙人とか、聖人になりたい。って、のっけからもんのすご~く高い理想を掲げてしまったけれど、なれるものならなりたいのだ。だったらブログなんてやらない方がいいのかも。どこかの山奥の洞穴に住んでいる仙人がネット依存症なんだ、なんていうことは絶対にない。そんな俗世の象徴でもあるネットなんて仙人はやってないし、必要ともしていない。何かアホなこと言ってるな、わたし。本当に悟りたいとか、そういうことだったらこんなくだらない記事でおしゃべりしてないで、インドにでも行って山にこもって修行したらどうなんだ、というところだろう。が、そこに水洗トイレとトイレットペーパーあります? しかもウォッシュレット付きで。またアホなこと言ってるわたし(笑)。も~、そんなチンケなこと言ってないでもっと真剣になったらどうなの、なんて言われてしまいそうだ。
悟ると何かいいことあるの、って聞かれたらもう来世で生まれなくなることがいいことなのだと思う。って、いいことの「いい」とかそんなレベルなの、悟りって? メリットがあるから目指すもんと違うでしょう。
うーん、書けば書くほどわたしのレベルの低さが露わになってお恥ずかしい限り。そうなんです、わたしは煩悩まみれな人間なんです。
でもね、ポルノをやめようと思って今頑張ってるとこなの(一体、過去に何回こう思って決意したことか)。頑張っているくらいだから、頑張れなくなったらまたドカ見してしまうんだろうけれど、とりあえずもう見ないと決心した。あれはお酒なんだ。ポルノは酒。飲まなくても生きていける酒と同じようにポルノだって見なくても生存に支障はない。それに時間の無駄だし、頭もぼーっとしてきて回らなくなるし、冴えもなくなってしまうし、霊的にものすごく障害となっているのを感じる。
さらには食べることもやめました!! というのは冗談でほどほどに食べようと思ったというのが正しい。
わたしの現在のやめているものリスト。お酒、カフェイン飲料、砂糖と小麦(これは時々守れないことがある)、動物製の食品。うむ、これだけでもすごいんでないかい? それにポルノ、ドカ食いを加えようとしているわけだから、本当意識高い系だよな。「ベジタリアンですけど鶏肉を食べてます」とかそういう感じでないことは確かでまぁ、我が道を邁進してるな。
ポルノをやめることでいいカルマが積めるだろうなとも思う。でもなぁ、電車とかで若い女の子を見てそれでも性欲が喚起されないかどうか、はっきり言って自信がない。
う~ん、わたしどうなりたい? 何かなぁ、悟りを目指すような本を読むと「悟るんだ!」と意気込んで、で、またこの現世でビッグになるんだみたいな本を読むと何かで成功してビッグなことをしたくなってくる。まぁ、要するに素直ちゃんなんでしょう。素直なんです。根っこがね。批判的に本を読むとかそういうのが無理なんです、わたしは。だから、本は選ばないとね。邪悪なものには近寄らないようにして、清く正しい本を読むようにした方がいい。
というか、わたしどうなりたいとかどうでもいいのかもしれない。とりあえず確実なのはわたしもあなたもいつかは死ぬ。それだけは確実。それが今日なのか、明日なのか、それとも数十年後なのか、それは誰にも分からない。ただ死ぬことは死ぬ。平均寿命とか何だというのはあてにならなくて、死ぬ時は死ぬのだ。
となると、やりたいことありましたよ。が、それはちょっとここでは言えないなぁ。犯罪とかそういうものではないんだけれど、ちょっと恥ずかしい。まぁ、星のことだからおそらく性的なやつだろう? って読まれてる? いやはや、読者の皆様はもう見抜いてるな、絶対。でも、まぁ、それえさえやってしまえば、あとはもう思い残すことはない。アシュタンガヨガをもっとやっていたい気もするけれど、もう思い残すことはないかも。何か欲がないよのぉ。でも、それがわたしなんだろうな。あ、でも死に急いだりはしませんからね。わたしがいつ死ぬかは神様にお委ねしてますから。何かキリスト教徒っぽいことを久々に言いましたな。なんてどんなことを言おうが死ぬ時は死にますからね。ジタバタしたって仕方がないのです。
仙人、聖人になる。そしてもう生まれないようになりたい、なんて書きつつもまた生まれるのも楽しいかも。来世ではぜひ女性として生まれますように。そして、子どもをたくさん産んで育てるんだ。愛しのダーリンと楽しい人生を送って、たくさんの子どもたちに囲まれて死んでいく。そんなのもいいかも。おそらく生きている間はまたヨガをやっているだろうね。それもアシュタンガヨガをバリバリに。
以上、ぐだぐだ話をしました。それではごきげんよう。バ~イ。
1983年生まれのエッセイスト。
【属性一覧】男/統合失調症/精神障害者/自称デジタル精神障害/吃音/無職/職歴なし/独身/離婚歴なし/高卒/元優等生/元落ちこぼれ/灰色の高校,大学時代/大学中退/クリスチャン/ヨギー/元ヴィーガン/自称HSP/英検3級/自殺未遂歴あり/両親が離婚/自称AC/ヨガ男子/料理男子/ポルノ依存症/
いろいろありました。でも、今、生きてます。まずはそのことを良しとして、さらなるステップアップを、と目指していろいろやっていたら、上も下もすごいもすごくないもないらしいってことが分かってきて、どうしたもんかねえ。困りましたねえ、てな感じです。もしかして悟りから一番遠いように見える我が家の猫のルルさんが実は悟っていたのでは、というのが真実なのかもです。
わたしは人知れず咲く名もない一輪の花です。その花とあなたは出会い、今、こうして眺めてくださっています。それだけで、それだけでいいです。たとえ今日が最初で最後になっても。