40歳からのアシュタンガヨガ。初めてのマイソールクラスに行ってきて思ったこと

ヨガ星のアシュタンガヨガ日記
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 つ、ついにこの日がやってきた。というわけで、昨日アシュタンガヨガの教室に予約を入れて今日行ってきた。まとめるとこれだけのことだけれど、本当にこの一歩が大変だった。
 わたしのヨガ歴というのは、公民館のヨガとDVDを見ながらの我流のヨガを1年半あまり。何にも誇れるところはない。けれど、自分なりには精一杯やってきたつもりで、そのこと自体は後悔していない。
 そのわたしのパッとしないヨガ歴をその教室の先生にメールで知らせると「十分やっていけると思いますよ」とのことだったので、その言葉を信じてチャレンジした、というわけなのだ。
 ちなみに、アシュタンガヨガのマイソールクラスとは、靴のインソールがどうのこうの、といったことではなくて、インドにはマイソールという場所(マイソールは地名)があり、そこがアシュタンガヨガ発祥の地で、そこで伝統的に行われてきたクラス(いわばレッスンというか自主練みたいなクラス)のことを言うのだ。
 マイソールクラスというのはどういうものかと言うと自主練みたいなもの。その自主練のようにやっているところに先生がいて、様子を見ながら生徒のポーズを修正したり、指導をしたりする。いわば、集団パーソナルレッスンみたいな(この表現で適切かな?)そんな感じなのだ。
 とはいえ、わたしなどは本当に右も左も分からないアシュタンガヨガ1日目だったので、先生がかなり面倒を見てくれた。
 って今日のマイソールクラスの内容に普通に移っていますけれど、それが書きたいことかと言えば少し違う。そういったマイソールクラス談義はともかくとして、今日に至るまでの大変だった思い悩んだ日々。
 一言で言うと、やるだぁ、やらないだぁとそのことでうじうじ、うじうじしまくっていた日々だったのだ。
 結論。物事はまずやってから考えましょう。この一言だった。やる前からこれが不安だ、あれが不安だ、と石橋を叩きまくるのも必要なことかもしれないけれど、いかんせんそれは不安が雪だるま式にふくらんでいくだけで建設的ではない。やってから考えるで良かった。あの考えて考えて考えたのって一体何だったのだろう、と思えてしまうくらいあっけなかった。
 そこからわたしは一歩踏み出した。えぇい、なるようになればいい。とは思わなかったけれど、出たとこ勝負でやっていくしかないと思ったんだ。
 やってみたら大したことなかった。まぁ、何とかできるじゃん。だって初回なんだから先生だって最初からメチャクチャきついことはやらせないし、そこまで要求なんてしない。
 マイソールクラスというのは初心者に優しいやり方だと思う。その人の状態とか状況を見ながら先生が的確に指示なんかを出したり、アドバイスをしてくれるから。たとえば太陽礼拝Aがままならない人に太陽礼拝Bまで教えてやらせようとするなんてことはしない。あくまでもその人のペースに合わせる。公民館のヨガなんかの一斉にやる感じのだと、生徒の人数が多すぎて、自分ができなくても先生は何もフォローしてくれない。でも、マイソールクラスは違って、完全な個人レッスンとまではいかなくても、それに準ずるくらいの個人レッスン的なレッスンをしてくれる。各自が自分の練習をしながらも、そのフォローが必要な時には先生が教えてくれる。
 そんなわけで、「えいや」と高い高い柵のような塀のような壁を乗り越えたわたし。とりあえず、初回はクリアーできた。で、これからどうする、と教室を終えた支払いの時に考えたんだけれど、「とりあえずこのアシュタンガヨガを続けてみよう」と思ったんだ。やめたくなったらやめればいいし、ただそれだけのことなんだから、とりあえずやってみよう。やっていきながら考えるようにしよう。てなわけでアシュタンガヨガの教室に通うことを決意したわたくしなのでありました。
 とりあえずやってみる。そして、それからだったり、やりながら考えていく。だから、現在進行形のあり方。今やっている。進行している。先は分からない。それはやりながら考えていけばいい。その結果、わたしのアシュタンガヨガへの情熱は早晩3ヶ月ももたないかもしれない。アシュタンガヨガ歴5年とか10年なんていうのと比べたらほとんどやっていないくらいしか続かないかもしれない。でも、それならそれでいい。少なくとも、やりたいと思ってやった。たとえそれが3日坊主ならぬ、一ヶ月坊主、三ヶ月坊主だったとしてもいいじゃないの。やってみたんだからさ。その一ヶ月、三ヶ月は尊いんだよ。
 未来なんて今こうでなくちゃとガッチリ決めなくたっていい。未来はその未来を歩みながら決めていけばいいんだから。その時、その時で決めていけばいいんだから。
 何か自信がついたと思う。わたしのフットワークは今までよりも軽くなったことだろう。やりたいと思ったことにチャレンジする。まぁ、考えたり、ああでもない、こうでもないと悩むこと自体も意味が全くないかと言えばそんなことはないから、悩むかもしれないけれど、悩みすぎず軽快に人生を歩んでいけたらと思う。
 しかし、それにしても、とこれは余談だけれど、教室に来ている人たちの筋肉がすごかった。年輩のおばちゃんが腹筋割れてて、体脂肪率が絶対わたしよりも低いなと思ったくらい。先生もすごくたくましい体をしていた。無駄なお肉がないんだよなぁ。先生も来ている生徒さんも。
 これから新しい場所でヨガを深めていく。わたしは変わるのだろうか、変わっていくのだろうか。と、見返りを求めるのは良くないから、とりあえずやっていくような姿勢でやっていけたらと思う次第だ。
 というわけで、とりあえずアシュタンガヨガをやってみよう、続けていこうと思ったわたし。40からの手習い。新しいことが始まった。



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