おじいちゃん、誕生日まであと少し

 昨日、祖父が入院している病院へ行ってきた。金曜日に病院の病棟から電話がかかってきて、土曜日か日曜日に主治医の先生が話をしたいので来てもらえないだろうか。何が何でも急いでいるわけではないのだけれど、とのこと。土、日はゆっくりしていたかったわたしは(というか日曜日は母の洗礼式が行われるクリスマス礼拝だった)、月、火なら大丈夫ですと電話で答えたのだった。では、ということで主治医の先生と話をするのが月曜日になったのだった。
 と、昨日(つまり月曜日)の午前10時頃、病院からひげ剃りを持ってきてほしいという電話をもらった。午後の2時にドクターと会う約束だったから、まだ時間はある。そういうわけで祖父の施設へと行きひげ剃りを受け取ってきたわたしなのであった。わたしは希望的観測に完全に支配されていた。ひげ剃りを持ってきてほしいということは祖父はかなり回復してきているのではないか。普通ならそう思ってしまう。が、その期待がそれから打ち砕かれることになるとはその時のわたしは全く予想できていなかった。
 午後2時。病院で祖父の主治医とわたしとの一対一のやり取り、それも真剣なやり取りが始まった。わたしよりもおそらく年下であろう利発で若々しいドクターが「年末のお忙しい時なのに来ていただいてすみません」と丁重に話すところから始まった。が、わたしの心に余裕がなかったのか、いや、あったのだけれど、バッグを床に落としてしまってそれを拾うのに少しわさわさして、それには特段答えず「お世話になります。よろしくお願いします」と頭を下げた。
 説明を聞き始めるやいなや、祖父の病状への楽観的な希望はまるで幻か、一時の幸福でしかなかったかのように崩れ去っていく。「肺がほとんど機能していない」「酸素の量が15リットルから10リットルに減ったものの、それでも多い量」「腸閉塞が良くなっていない」「また胃に管を入れている」「胃液が毎日2リットル出ている」「点滴した水が体に吸収されていない」「胃から逆流している」「ゆくゆくは多臓器不全になるのではないか」「下り坂」「水と抗生剤だけで生きながらえている」「今のまま食事をしても吐いてしまうだろう。そうしたらまた誤嚥して肺にダメージがさらにいく」。つまり「体が衰弱しているというのが一番適切な表現だと思います」。
 何にもいい話がないじゃないの。でも、いいこと探しをするなら、一番のいいことは酸素飽和度が低下して命の危機に瀕していた祖父が何とかそこから踏ん張って、馬力を出して(主治医の表現)命をつないでいる。生きている。そのことがいいことだ。でも、それ以外、つまり何とか生きていること以外にはありとあらゆる面において希望が持てない絶望的な状況なのだ。
「本当、難しいですね」と投げかけたわたしにドクターも「難しいです」と言うのだった。おそらくこの先生は勉強はかなりできるのだろう。すごく頭が良さそうで(そりゃあ医学部入って医者になってるくらいなんだから当たり前だけど)、数学とかの難しい問題なんかも短時間でサクサク解いて解答してしまいそうな、そんな利発さがある。しかし、その利発さ、聡明さを全面的に駆使してありとあらゆる知恵、現代医学の知恵を総動員しても祖父のこの状況に対しては打つ手がないのだ。何しろ、身体状態が悪すぎる。腸閉塞だったら腸閉塞だけで、その他は健康ということならサクサク治療をすれば終わってしまう。サクサク治療の劇的な回復が見込めるのだ。が、祖父の場合いろいろな要因が複雑に絡み合って、腸閉塞の手術なんかできるような体の状況ではないし、年齢だって90を超えていてまるで枯れ木のようなのだ。そんな枯れている祖父にガンガン乱暴な治療をしようものなら、祖父は即死してしまうことだろう。となると、ただ現状維持、対症療法的な治療、というよりも死なないようにするためだけの治療しかできない。で、祖父はその間にも毎日水と抗生剤しか体に入れていないからどんどん弱っていき衰弱していく。ただ死にゆく祖父を見守っていることしかできない。ただ死なないように、死の一線だけは超えないようにただただするだけ。しているだけ。主治医の先生は祖父に対してもどかしい思いを抱いているようにわたしには感じられた。医者なのにできることがない。抗生剤と水と身体管理。それだけしかできない。何てもどかしく、やりきれないのだろう。
 そしてわたしは祖父の主治医に尋ねた。「今できることは何ですか?」主治医は「今、水を点滴で1.5リットル入れているのですがそれを緩和的な処置として1リットルにすることくらいです」。そうすれば体への負担が少なくなると言う。1.5リットルの水を毎日体に入れていて、2リットル逆流させて出してしまっている祖父。それが1リットルにすれば出ていってしまう水の量も減らせるのではないか。ホワイトボードにその簡単な流れを書いて説明してくれたドクター。それに対して「出ていってしまう水の量が減らなかったらどうなるんですか?」と切り込むわたし。「それはやってみないと分かりません」。とりあえず1リットルにしてみて、そして様子を見てまたその時はその時で考えてやっていくとドクターは言うのだ。出ていく水の量が減ればトントン(入ってくる水の量と出ていく量がプラスマイナス0のこと)になるかもしれない。今、わたしにできること。それは祖父に対して点滴の水の量を1.5リットルから1リットルに減らすこと。それくらいしかできることがないのだ。
 が、家族としてできることは医学的にはそれだけだけれど、それ以外ではそれだけではない。
 日曜日に母の洗礼式がありポカポカと満たされていたわたしは、その幸せパワーからだろうか。祖父に手紙を書くことを思いついたのだった。祖父のためにA4の紙に大きな字でお手紙を書いたのだった。それを持参していたわたしはドクターに「祖父にお手紙を書いてきたんですけど」と言った。そうしたら、そうしたらね、祖父の主治医はパァァァってくらい本当に嬉しそうな顔をして喜びを全面的に表現したんだ。言葉は何もなかった。その手紙を書いてきたことについてコメントも何もしなかった。「あ」さえ、一音さえ発していない。けれど、まるでそこに一輪のひまわりか何かの大きなお花が咲いたかのように何とも言えない光というか輝きがあったんだ。先生、嬉しかったんだろうなぁ。この家族のおじいさんを思いやるあたたかな気持ち、それが本当に嬉しかったんだろうなぁ。医者をやっていればきっといろいろな家族がいるだろうから、冷めていてあたたかさのない家族とも話をすることはあるだろう。そんな中で、星さんの「手紙を書いてきました」。まるでそれは自分で言うのも何だけれど、砂漠の中を歩いている時に小さなオアシスを発見したかのような、そんな感動があったんだろうと思う。って自分で言っちゃうと何だか偉そうだけれど。
 その手紙を看護師さんに渡して、祖父はもう自分で読める状態ではないので、代読して声に出して読んでもらうことをお願いしてわたしは病院を後にしたのだった。この時の看護師さんのあの対応、あの優しさは本当にしみるものがあったな。逆境にある家族に寄り添う看護師。本当にあたたかかった。
 祖父はもう長くはない。けれど、いつ天に召されることになっても、わたしとしてはもう思い残すことはない。安らかに最期の時を過ごせてもらえたらと思う。そして、天国があるのだとしたら先に行って待っている祖母と再会することだろう。そして、また天国で、天国にテレビがあるのかどうかは分からないけれどあるのだとしたら大好きな歌番組でもくだらない下世話なことを言いながら二人で見ているに違いない。
 でも、まだ祖父は生きている。死んではいない。こんな状況の祖父だけれど、祖父が好きな言葉「頑張って」を祈りを通して祖父に届けたい。人生の最期の最期。おじいちゃんん、誕生日(1月2日)まであと少しだよ。

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