少女漫画から教わったこと

 もう10年くらい前になるかと思う。わたしはその頃、少女漫画に夢中だった。成人男子が少女漫画を読んでいると心配される方もいることだろう。が、読んでいた。
 とても幸せな時間だったことを思い出すなぁ。何というか、すごく優しい世界だと思う。もちろん、波瀾万丈でピンチが起こったり、闇に遭遇したりすることもある。けれど、大抵はハッピーエンドで終わる。だから、ドキドキ、ワクワクしながら、それでいて安心して読んでいられる。
 少女漫画というのは少女たちの理想が詰まったようなもので、とにかく登場する男たちがとても優しいのだ。一見、オラオラ系とかヤンキー系に見える男が登場してきたとしても、その人物は必ず憎めないような繊細さも持ち合わせていて、そのギャップで悶え死にさせようとするのだ。「お前しか見ていないから」とか「他の男とベタベタするなよ」とか、とにかく熱く熱くヒロインのことを想ってくれる。その極点というか、行くところまで行ったのが、小村あゆみ『うそつきリリィ』の苑(えん)という男だと思う。この男、すごいのだ。ヒロインのひなたと結ばれて性的な関係を持とうとする直前(つまりお互い裸になってあとはやるだけの状態ね)に嬉しすぎて涙を流すのだ。何てピュアなんだ。何て心が純粋なんだ。そして、女の子たちはこんな無垢な男が理想なのか、とある意味わたしは衝撃を受けたのであった。わたしは初夜を意中の女の子と迎えて、さあ、となった時に感極まって泣けるのだろうか。泣けないと思う。嬉しいことは嬉しいけれど、うれし涙はきっと流せないだろうなって思う。わたしにそこまでのピュアさはない。と言いつつももしかしたら感極まって泣いちゃうかも、とまだ迎えていないしかも相手もまだ未定の初夜について想像してみたりするのだ。
 そんな素晴らしいある意味、純粋無垢な少女漫画の世界に入り浸っていようかと思った時期もあったが、今は卒業して特にこれといって少女漫画は読んでいない。この心境の変化は何かと言えば、ついていけなくなったのだ。この少女漫画の汚れを知らないピュアさに、もう無理と思ってしまったのだ。
 言い方は悪いが少女漫画というものは、元少女の漫画家が少女がこういう男性、こういう展開、こういう終わり方を望んでいるんじゃないかっていうのを、つまり少女たちが望んでいるものを描こうとしていると思うのだ。だから、少女が胸ときめく憧れの世界を漫画家たちは構築して描こうとする。わたしは何もそのことを批判したり、非難したりしたいわけではない。けれど、ついていけなくなったのだ。少女漫画を読めば読むほど、自分が少女たちの憧れの白馬の王子様にはなれないことを思い知らされるのだ。わたしに登場する男たちのようなピュアさはない。かけらはあるかもしれないけれど、少女のニーズに応えられるようなそんな人物ではないのだ、わたしはね。
 少女漫画は男性の現実というものをほとんど描こうとはしない。こういうことを言うと無垢な少女を幻滅させるかもしれないけれど、思春期男子というものはHなことで頭が持ちきりなのだ。いっぱいなのだ。もちろん、それは同級生の女の子に対してもそうした視線を向けていて、家に帰ればHな動画や本を見ながら、好きな女の子のことを想像していやらしいことに励むのが普通の男だろう(ってそれは星さんだけ? 汗)。少女漫画に男子が自慰をしている様子、描かれないなぁ。そもそもそれを描いちゃったら18禁になるだろうからできないんだろうけど。あるいはそれは少女漫画においてはタブーなのかねぇ。でも、そこんところがわたしは不自然だと思うのだ。少女漫画の漫画家たちが女性ということもあるだろうけれど、それにしても男のあるがままの生態というものが本当に描かれていないんだ。少女漫画に出てくる男たちは性欲をどう発散しているんだろうって思ってしまうくらいだよ。
 わたしが少女漫画をもう読むのをやめようと決めた時こんなことを思ったのを今、うっすらと思い出す。「少女漫画といういわばファンタジーの理想の世界に逃避しないでちゃんと現実を生きよう」と。現実は少女漫画のように都合のいいことばかりが起こるわけではない。本当、もうどす黒いことだって起きるんだ。それも修復不可能なくらいのレベルのやつがね。それにあそこまで優しくて一途な異性もそう簡単には現れないだろうし、いたとしても本当に少数だろうと思う。少女漫画の通り、理想通りにはいかなくて、男だって悩むし、汚いし、ピュアじゃないし、女性の理想通りに必ずしも振る舞えないのだ。そんな現実を生きていかなければならない。だからこそ、漫画の世界は漫画の世界としてわきまえなければならない。まぁ、漫画の世界くらいは平和な世界にしておいてくれっていう気持ちも分からないことはないけどね。
 だから卒業したのだ。フィクションではなくて現実をわたしなりに生きることにしたのだ。と言いながらも仕事はしていないし、女性とお付き合いすることもこの年齢でいまだに叶っていないわたしではある。でも、わたしの人生なのだから、こうしたくてこうしている。いずれ仕事をしたくなったらするでしょうし、女性とお付き合いしたくなったらすることでしょう、と大きく構えている。それくらいの姿勢の方が無理がなくて自分も楽だし、肩肘張らなくていい。とりあえず、今できること、やれることを精一杯毎日、毎日やっていくだけだ。
 少女漫画を卒業した星だけれど、少女漫画から教わったことがある。それは相手を大切に思い続けることの素晴らしさ。愛おしむことの大切さ。これだけは忘れないようにしたい。初夜で涙を流すことができなくても、相手のことを少女漫画に出てくる男たちのように大切にできたらいいなと思う。相手を大切にする。これがわたしが少女漫画から教わったことである。

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