キリスト教エッセイ

いろいろエッセイ

本当に信じることができるものはあるのか?

疑う。人は確実なものを手に入れるために目の前のものを一つ一つ疑う。 そうして疑っていくと何も残らない。熱心なクリスチャンだった頃のわたしにそのことを尋ねれば「神様とイエスさまです」と即答していただろう。けれど、今のわたしには本当に信じられる...
キリスト教エッセイ

ダメだこりゃ

魔が差した。魔が差して、母がもらってきて置いてあった教会の月報の牧師の文章をこっそり読んでしまった。そして、思った。ダメだこりゃ、と。 わたしは教会の牧師はサービス業のようなものだと考えている。でも、ただのサービス業ではない。魂のサービス業...
いろいろエッセイ

太陽と空気

わたしはほぼ毎朝、始発の列車に乗るために、自宅から駅までの道のりを歩く。冬の間は真っ暗だったのに、今はもう夏のようなものだから日が出るのが早くなって5時頃だというのに、もうお日様が出ている。 そのお日様、太陽を見ながら思ったことがある。それ...
キリスト教エッセイ

腐ってもクリスチャン

わたしとはおそらく縁がない存在。それは金のかかる女。何か端的に書きすぎて、誰かを呼び捨てにしている感じに近い。失礼だったら謝る。ごめん? そんな女性はわたしには近付いてこない。それだったら、もっとお金のありそうな男へと接近するはずだ。 とに...
いろいろエッセイ

全部、本当かもよ?

1995年。つまり、今から30年くらい前。その当時の雑誌をなぜか捨てずに持っていて、久しぶりに開いてみた。 すると懐かしい顔ぶれで、あの頃はこの人すごく人気があったよなぁというアイドルやタレントがその当時の輝きのまま、その雑誌の中でキラキラ...
キリスト教エッセイ

明日のことまで思い悩むな

明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。(マタイ6:34)  アシュタンガヨガのことにしても何にしても、わたしは明日の苦労、明後日の苦労、そのもっと先の苦労を我が身に一身に背負い込ん...
キリスト教エッセイ

わたしの昔の信仰エッセイを読み直してみて今思うこと

今日、午前中わたしが何をしていたかと申しますと、以前のブログ記事をまとめていたんだ。まとめてどうするか、って? いやぁ~、電子書籍にしてみようかな、ってね。ってなわけでこのブログの電子書籍化を頼まれもせんのにやっていたわけです。まぁ、このブ...
キリスト教エッセイ

優しい人

今朝ごみ出しに行ったら、その途中、草取りをしている人がいたから「おはようございます」と挨拶をした。その人は近所に住んでいるおばさんなんだけれど、わたしは近所だというのにその人の名前を知らない。けれど、そのおばさんはわたしと母のことを知ってい...
キリスト教エッセイ

血を吐いて入院している牧師のために祈ってください

ただいまの室温28.7℃。暑いと言えば暑いし、大丈夫だと言えば大丈夫。そんな中途半端な温度。九月に入ったというのに何だか蒸し暑い昨今。絶対、というかおそらく地球が温暖化している。わたしが小さい頃の9月というのはもっと涼しくてひんやりとしてい...
キリスト教エッセイ

教会を離れてみて思うこと

突然ですが、急に気持ちが滅入ってきた。教会が毎月発行している機関誌を母の読んでいる後ろから何気なく覗いてみたんだ。そうしたら心がかき乱された。この期に及んで教会はわたしの心をかき乱してくる。せっかく平和な日々を送っていたのに。こうなることが...
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