生命力

いろいろエッセイ
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 ヨガの帰り、駅や電車の中で多くの人を見る。何だかみんな面白くなさそうだ。そして、生命エネルギーが低下しているように見えて仕方がない。
 それを端的に表しているのが目で、目を見るとその人がどういう状態であるかということがある程度は分かる。
 みんな、電車の中ではひたすたらスマホを見ている。その表情はとてもではないけれど、幸せそうな感じではなくて、表情はうつろでただただ見ている。
 アシュタンガヨガを本格的に始めて9ヶ月あまりになるわたし。家族からは「元気になった」「目が優しくなった」と言われるようになり、日々その効果を実感している。
 スマホが人々の生命力を奪っているようにしか思えない。そして、さらにはより悪いことにそのスマホは欲望をさらに膨らませて、もっともっとと渇き続けさせている。
 生活は飛躍的に便利になった。どんな物でも簡単にお金さえ払えば、ネットで自宅にいながらにして手に入れられるようになった。けれど、失ったものは大きい。
 わたしも油断すると何時間もネットをやってしまうことがある。生命力が確実に搾り取られているのを痛感する。
 そんな感じで、多くの人々から生命力と大切な時間、お金などを奪い取って、今日もネットを推進して仕掛ける側の一部の人たちは凄まじい富を手にしている。
 でも、それは本質ではない。それは幻でしかない。だから、わたしはそれを是正しようとかそんなことは思わない。この幻でしかない世界に見切りをつけるかどうか、考えている今日この頃。うん、まとまってないな、この文章。

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