何か冷めてしまったようなそんな感じだ。何に冷めたかというと、もうご存知の通り、女優の広末涼子さんが不倫をしたのだ。最初、週刊誌に大きくその見出しが載った時にはどうせガセだろう。広末さんが、あの広末さんが不倫なんかするわけがないと思って、そのことを本気にしていなかった。が、それから彼女が書いたとされる手紙やら何やらが登場してきてもう言い逃れができなくなり、当初は否定していた不倫を認めて謝罪したのだった。
その瞬間、冷めたわけではない。その時はまだ冷めていなかった。
広末さんが昔、結婚をするとなった時、ファンの人たちにとっての衝撃というものは計り知れないものがあった。が、もう今や広末さんは三児の母。もうどんなに頑張っても広末さんが離婚でもしない限り自分にチャンスはない。それにもう今までに広末さんは旦那様と好き放題性行為をしているだろうし、もう不倫だ何だということで衝撃は受けなかった。
もうお分かりの通り、わたしは広末さんのファンで、彼女がデビューして、そして広末旋風が巻き起こった時からのファンなのだ。だから、広末さんのファンクラブ(もうとっくの昔に解散してしまったけれど)の会報誌は最初の三冊を持っていないだけであとは全部揃えているし、広末さんの写真集は大方持っている。そんなこんなでその時、その時の温度差はあれども彼女に注目してきた。ただ、熱烈な熱狂的なファンだとは言えない。そこまでの熱の入れようではなくて、わたしにとっての女神様のような憧れの女性として君臨し続けていた。わたしにとっての理想の女性であり、まさに理想の女性を具体化したような、そんな存在だった。
じゃあ、そんなわたしにとっての理想であり、偶像となっているようなそんな彼女にどうして冷めてしまったのか。そして、いつ冷めたのか。それはあるワイドショーをたまたま見た時に女性のアナウンサーが個人的見解として芸能人の不倫を報道することについての意見を述べ、それをわたしが聞いてからだった。そのアナウンサーはこんなことを言っていた。芸能人というのは自分をブランド化してそれを信用してもらうことによって、普通の人では稼げないほどのお金をスポンサーなどについてもらうことによって得ている。だから、その信用を傷付けるようなことをした場合、報道されて然るべきだし、そうでなくてはならないと思っている。
わたしはその言葉を聞いた瞬間、目から鱗が落ちた。そうだ、そうなのだ。芸能人はたくさんのお金をもらっているのだ。それもスポンサーなどから普通の人が死に物狂いで働いて得る以上のお金をもらっているのだ。だったら、ちゃんとした生き方をしてみんなからの信用を壊してはいけないし、ましてや裏切るようなことがあってはならない。
この女性のアナウンサーの言ったことはもっともなことで、今までわたしが広末さんがお金をもらっているということを考えたことがなかったのだと自分の盲点に気付かされた。
広末さんはわたしたちに夢と希望と楽しく嬉しい気持ちを与えてくれた。そして、彼女はそれと引き替えに報酬としてお金をもらっていたのだ。そのドライな構図というか、流れのようなものが見えてきた時、わたしの中で彼女への見方が変わった。明らかに変わった。
お金がないのにそれでもファンクラブの安くない会費を支払い続けた日々。薄っぺらい会報誌に不満はあったけれど、それでもこらえたこと。広末さんの写真集や出演しているDVDなどを身銭を切るような思いで買ったこと。わたしがそうして払ったお金が広末さんを養う一部となっている。でも、もういいんじゃないか。広末さんは美人だ。ものすごいレベルの美人だ。でも、彼女はわたしがどんな思いでお金を払っているかを知らないし、知る由もない。それにわたしが知っている広末さんは虚像なのではないか。そんな気もしてくる。作られたイメージを本当の姿だと思って信じ込んでいただけで、実際はもっと違う人なんじゃないか。自分のイメージだったり印象に人一倍敏感なのが芸能人だからそこのところはうまく作り上げていたのだろう。
冷静に突き放して考えると、一人の女がいて、その女が才能に恵まれているものだからそんな彼女にみんなでカンパをしているようなもので、そのカンパしている人数がやたらと多いものだからものすごいお金になっている。でも、わたしを含めてファンの多くは彼女に関連したものを買うことは義務ではない。やめたくなればいつでもやめたっていいのだ。
わたしは今まで彼女の何を追っていたのだろう。何に魅力を感じてそれにエネルギーとお金を使ってきたのだろう。わたしがどんなに熱を入れてたくさんのお金を使っても彼女はわたしのことなど知らないし、知ろうとさえしてくれない。こんな一方通行の愛なんて空しいだけではないのか。
今回の不倫だって、それによって10億円の損失が出たとかワーワー騒いでいるけれど、そんなこと知ったこっちゃない。自分で蒔いた種だろう。自分が困るだけじゃん。
わたしは冷たいのかもしれない。愛する広末様がピンチで逆境に立たされているというのにその態度は何なんだと熱心なファンの人からは怒られることだろう。でも、何だか冷めてしまったのだ。お金をもらっている広末さんという画がたまらなく嫌なのだ。何か今までわたしは何も分かっていなかった。まるで彼女が無報酬のボランティアでこうした芸能活動をしてくれているかのような、そんな勘違いをしていたのだ。わたしは今までそうしたことに無頓着で鈍感だった。が、アナウンサーの一言で目が覚めた。広末さんは女神かもしれないけれど、本当の女神ではない。本当の女神は自分の仕事に対価を要求しないし、お金を得ようとさえしない。
アイドル、女優、芸能人。そういった人々は幻想を売り物にしているのかもしれない。みんなに幻想を抱かせて心地いい気持ちにさせてお金をもらっているだけなのかもしれない。それがある瞬間、不倫だったり何かの不祥事が起こったりすると、「裏切ったな。今までつぎ込んだ金を返せ」となる。騙していたな。嘘を付いていたな、となる。でも、つぎ込んだお金はもう戻ってはこない。それだけは確実なこと。
わたしは誰かがいい仕事をしていて多くの人々を幸せにしていても、それによって多くのお金をもらっている様子が見えてくると途端に幻滅するタイプのようなのだ。それはお金に見合ったものを対価としてもらっているだけでしょう、というのは頭では分かっている。けれど、その夢を与えている人には自分と同じ立ち位置でいてほしいと思ってしまうのだ。そういう意味でひよっこのデビューしたてのアイドル。しかも貧乏をアピールしているようなアイドルを応援したくなる人が出てくるのはそういう心理なのだろうと思う。
どんなにいい仕事をしていても、それによって儲かっているのが分かると幻滅してしまうわたし。となればボランティアでいい仕事をしてくれたり、売り上げのほとんどを寄付に回したりしてくれるような人が好きなのかもしれない。自分は全然儲けようとしないで、富を蓄えようとしないで最低限の生活をしている。そう、それは言うならばマザー・テレサのような人。でも、そんな人、特にアイドルだったり女優にはいない。みんなゆくゆくはお金をガッポリ手に入れてハイクラスな生活をするとか、多くのファンを得て熱いたくさんの声援を浴びることなんかを生き甲斐にしている。わたしの理想の女性のタイプってマザー・テレサ? いやはや、意外なところにたどり着いたものだ。でも、何か理屈ではしっくり行っても何か違うような気が……。やっぱり外見的にもきれいで美しい人がいいようだ(笑)。どこかに広末さんくらいの美人でしかも収入のほとんどを慈善団体に寄付するような奇特なアイドルだったり女優はいないものかねぇ。ま、いないだろうな。おそらく。寄付系アイドル? 「わたしのCDやグッズの売り上げは全部寄付します!!」って言う女の子。いやはや、ユニークで面白いな。そんな人がいたら喜んで推すのに。アイドルを推して世界をも救う。いやぁ、いいコンセプトですな。
というか今、広末さん崖っぷちなんだから寄付系アイドル、いや寄付系女優に転身すればいいのにって思う。そうしたら罪滅ぼしをしたいんだなってしっかりとみんなに分かって認めてもらえるし、それくらいの気持ちでやるくらいじゃないとダメだと思うんだ。そうしたら反省系女優ということにもなるんだろうな。反省系だったり悔い改め系だったり。何でこれをやらないのか不思議なくらい。いいアイディアじゃないですか。我ながらグッドアイディア。って広末さんの所属する事務所の会議に挙がるわけ、ないよなぁ。残念です。ボツ。
1983年生まれのエッセイスト。
【属性一覧】男/統合失調症/精神障害者/自称デジタル精神障害/吃音/無職/職歴なし/独身/離婚歴なし/高卒/元優等生/元落ちこぼれ/灰色の高校,大学時代/大学中退/クリスチャン/ヨギー/元ヴィーガン/自称HSP/英検3級/自殺未遂歴あり/両親が離婚/自称AC/ヨガ男子/料理男子/ポルノ依存症/
いろいろありました。でも、今、生きてます。まずはそのことを良しとして、さらなるステップアップを、と目指していろいろやっていたら、上も下もすごいもすごくないもないらしいってことが分かってきて、どうしたもんかねえ。困りましたねえ、てな感じです。もしかして悟りから一番遠いように見える我が家の猫のルルさんが実は悟っていたのでは、というのが真実なのかもです。
わたしは人知れず咲く名もない一輪の花です。その花とあなたは出会い、今、こうして眺めてくださっています。それだけで、それだけでいいです。たとえ今日が最初で最後になっても。