友達

いろいろエッセイ
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 一年生になったら~一年生になったら~友達100人できるかな~♪
 友達のことを考えるときにはいつもわたしはこの歌を思い出す。友達ってね、たくさんいた方がいいんだよ。それもたくさんたくさんいたほうがいいんだよ。そんなメッセージをこの歌は伝えようとしていて、これはこれでまぁ一貫している。
 けれど、今のわたしはそうは思わない。人生を40年あまり生きてきて、そういうあり方が自分に合わないということを自覚しているからだ。今のわたしの考え。それは友達はいてもいなくてもどちらでもいい。いることを偉そうに見せびらかしたり自慢するのもどうかと思うし、一人もいなくても別に落ち込む必要はない。だから、友達がたくさんいて囲まれている人はそれでいいし、一人もいない人もそれでいい。
 わたしの友達歴を振り返ってみると、小学校から高校まで親しくさせてもらった友達がいた。その人はすごく面白い人で、話も合うし、共通点も多いし、勉強だってわたしと同じくらいできた。思い出すととても懐かしくて今頃どうしてるかなぁって思う。でも、大学が別々になって友達関係が自然消滅してしまったんだ。というか、むしろわたしの方が彼から離れていったと言っていい。彼はインターネットをやるようになってから変わってしまい、警察のことをポリ公呼ばわりするようになった。そして、この世の権力を見下し、2ちゃんねる的な言葉を使うようになってしまった。わたしは愛想をつかした。前の彼に戻ってくれたらと思ったけれど、そんなことはなくて(今はまたどうなっているか分からないけれど)、言っていることもつまらなくなってきた。それに彼とはテレビゲームはしたけれど、心の内を明かして深い話ができる関係でもなかった。となれば、メリットがない。わたしは彼から距離を置き離れた。
 それから30代も後半になるまでわたしには友達がいなかった。インターネットを介した交友関係はあった。けれど、それが親密な友人関係に発展することはなく、一人、日々を過ごして暮らしていた。そんな時にある一人の人とネットで出会う。その人とは興味関心の領域がとても近くて、話すと似たような感じだったので親しくなっていった。が、電話で話をする時に、いつも何だか怒られているような圧迫されているような感じがあった。でも、わたしは彼との関係を失いたくなかったので無理をして付き合い続けて、友達っていうのはこういうものなんだろうと自分自身を納得させようとした。彼はものすごい勉強家で大量の書物を読んでいたから、知識の面では素晴らしかった。けれど、なぜか彼と話をすると彼自身が現状に満足していなくて不満を抱えているせいだろうか。そんな感じだったのでわたしがまるでカウンセラーか何かのような傾聴的な態度を取らなければならなかった。そして、それが次第に重荷となり彼と電話をするのが苦しくなっていった。それからわたし自身が不調になり、電話はお休みになった。ほっと胸をなで下ろしたのを今でも覚えている。
 そんな彼との関係がついに破綻する時がやってきてしまう。彼がTwitterでどうやら死にたいらしいことをつぶやいたのだ。わたしは慌てた。ここで何かいいアドバイスをしなければ彼が死んでしまうかもしれない。焦ったわたしは咄嗟に「いのちの電話に電話してみるのはどうですか?」とコメントしてしまう。わたしは何も上から命令したり指図するつもりは何もなかったんだけれど、その後、彼から「状況を相手に尋ねるなり何なりしないで、こうした方がいいなどと言うのはどうかと思う」みたいな苦情を受ける。さらには彼はわたしから命令されたように感じたらしくてそれも不快だったらしく、ネチネチとわたしにネガティブで批判的な言葉が投げかけられたのだった。で、そんな彼が何だかわたしはもう嫌になってしまって離れることにしたんだ。で、冷ややかな態度を取ったわたしを彼はTwitter上でしっかりブロックしてこの関係が終わりを迎えたのだった。
 わたしがこれらの経験から学んだこと。それは友達は人生のオプションだということだ。あればあったでいいかもしれないけれど、その関係があることによって人生が下降していってしまうようだったら、それはむしろ続けない方がいい関係なのだ。もちろん素晴らしい友人関係もあることだろう。お互いを高め合ったり、深い心の対話ができたり、といった素晴らしい関係もあるだろうとは思う。でも、仮にそうした友達がいなかったとしても、いや一人さえもいなかったとしても別に気にすることはないのだ。それに自分自身の本音というか本心としてどうしても友達がほしいというわけでもないことだってある。
 友達ってパートナーとか結婚とも共通するところがある。自分に合ういい関係が得られているのであれば素晴らしいけれども、必ずしもそうした関係が得られるとは限らない。むしろ切ったり、解消したりした方がいい関係だってある。
 ある人はわたしにこんなことを言った。「友達いないの? 友達作らなきゃダメだよ」って。結婚しているとかしていないことをとやかく言うのがハラスメントなのだとしたら、交友関係、この場合には友人関係について指図するのも同じようにハラスメントなんじゃないの? わたしの人生なんだから友達作るも作らないもそれはわたしの裁量であって自由だと思うんだけどな。あと、友達というのは時間と労力とお金がかかるから自分は要らないかなという人もいることだろう。自分の生活が忙しくて交友関係に時間を割けないという人も少なからずいるのだ。
 とは言えども、何もわたしは無人島で暮らしているかのように完全に一人で生きているというわけではないのでご心配なく。わたしの人間関係は、交友関係は限られていてとても狭いものだけれど、その一つひとつがとても心地いいのだ。だって、要らない人間関係はそもそも作らないし、そんな関係あっても仕方がないからね。だから、数十年後になるとは思うけれど、わたしのお葬式には誰も来ないかもしれない(笑)。でもいいじゃないですか。誰も来なくても、来てくれなくても。お葬式を盛大にやってもらうために人集めするわけではないんだから。誰かからわたしの死後に「この人は孤独な人だった」などと評されようがどうされようがもう死んでいるんですから別にいいですよ~。
 この文章を読んでくださっている方で友達がいないと悩んでおられる方がおりましたら、似たような人間がここにおりますのでどうか気を落とさないでくださいね。というか、友達は作りたくなったら作ればいいんです。だから、無理して世間体とか友達作らねば的な圧力を感じて作らなくていいんです。その人がその人らしく幸せに生きて行ければそれでいいと思う。そのために友達が必要なら求めていけばいいし、あぁ自分の人生には特に友達とか必要ないかもなと思うのであればむしろ主体的にそれを選び取っていってもいいんじゃないかなぁ。友達がいない人は劣っているとかそんなこと、ないない。ないから大丈夫。友達がいない人でも素晴らしい人はたくさんいますよ。逆に友達にあてる時間を自分のために使えるので深みのある充実した人間になっている可能性だってあるよね。
 友達がたくさんいる人も、少ない人も、そしていない人も自分らしく快活に人生を歩んで参りましょう。友達の数に優劣なんてないし、わたしはわたしで、人は人。気にせず胸張って行きましょう!!

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