ひいおじいさん

いろいろエッセイ
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 このブログで何度も取り上げた祖母、のお父さん。つまり、わたしからするとひいおじいさんにあたる人と話がしてみたいという思いがわたしの中で強くなっている。とはいえ、そのひいおじいさんはわたしが2歳の時に亡くなっていて、わたしの記憶の中にも場所を占めていないといった感じなのだ。
 何でその記憶にもないひいおじいさんと話がしたいかというと、その人はすごく宗教的な人だったらしいからなのだ。宗教的な人。わたしもどちらかと言うまでもなく宗教的な人の部類に入るだろうと思う(でなかったらキリスト教の洗礼とかまず受けない)。そんなわたしだからこそ、というか会ったことはあるものの、記憶に残らないうちに天へ召されてしまった曾祖父に会って話がしたいのだ。
 もちろん、そのおじいさんとは宗教的な話がしたい。それも、できることなら悟りについてとか、救いについてとか話したい。それはその曾祖父は和尚の資格も持っていたらしくて、母の話によれば、曾祖父は蒸気機関車を見て悟りを開いたという。菩提樹とかの木の下ではなくて、蒸気機関車で悟ったというのがいいじゃないですか。何かあのゴーってモクモク煙を吐いて進む機関車の荘厳な感じで悟ったっていうのがいい。曾祖父が悟ったのは機関車のどの様子を見て、なのだろうか。駅に止まっているところなのだろうか。それとも発進する瞬間? いやいや、走っている姿を見て? 真相は分からない。今となっては情報が少ないけれど、亡くなる前の祖母に曾祖父のことをもっと聞いておけばよかったなって後悔している。
 母はその曾祖父(母にとっては祖父)にかわいがってもらったらしくて、亡くなったときは本当に悲しかったとのこと。
 祖母は生前こんなことを言っていた。曾祖父はすごく男前で革靴をはいていて、小学校の先生をしていて、お習字がものすごく上手で、やさしくて、よく一緒に歌を歌ってくれた、って。
 思えば、わたしが今ここにこうして生きているのも祖母や曾祖父、もっと遡っていってご先祖様が連綿とわたしまで命のバトンリレーをつないできてくれたからだ。もしそのリレーの間に何かが1ミリでも違っていたらわたしはいないんだなってすごく襟を正されるんだ。厳粛な気持ちにさせられるんだ。もしも、曾祖父が違う人を妻にしていたらもうそれでわたしにとってはアウト。わたしはいないし、母もいないし、祖母もいない。生まれていなかった。そして、別の人たちが今この世界に生きていたことだろうと思う。これってすごい奇跡なんじゃないかって思う。しかも、父、祖父、曾祖父・・・の精子がもしも少しでも違う動きをしていたら、もうわたしはいなかったんだ。生涯に睾丸(こうがん)の中で何千億匹と作られる精子のうち、たった一匹。しかも、その一匹、他でもないこの一匹が壮絶な競争に打ち勝って受精しなかったらわたしはいなかったんだ。奇跡どころか、これって天文学的な確率なんじゃないかって思う。
 さらには戦争は良くないけれど、もしも2度の世界大戦がなかったら、わたしは生まれていなかったんじゃないか。それは歴史がかわってしまえば、今は別の今になっているからね。だから、○ラえもんなんかでタイムマシーンに乗って過去の時代にタイムスリップしていろいろなことをしてくるなんて言語道断で、そんなことをしようものなら、それをした瞬間にそのタイムスリップした人は消えてしまうと思う。過去を変えれば、わたしは消える。消滅してしまうんだ(でも、まぁタイムマシンを発明した人はまだいないから真相は闇の中だけれど)。
 少し前の話に付け足すと、わたしのご先祖さまの男性たちの精子の一匹たりとも別のものが受精してはならない。これを真面目に計算すると、わたしが生まれる確率って10の何乗になるのかな? 江戸時代のご先祖のおじいさんの(「ひい」が何個つくのかもはや不明だけど)精子も、平安時代のご先祖のおじいさんの精子も、はては石器時代のご先祖のおじいさんの精子も、まぎれもないその正真正銘の一匹が受精していなくてはならない。もし仮にその精子が競争に負けていたらわたしに至るまでの道はまた別の道となり、別の子孫が生まれ、今頃は別の子孫が栄えていたことだろう。これって奇跡だよね。すんごい奇跡。筆舌に尽くせないすさまじい言葉を失うような奇跡。これは神様のわざという他に言いようがないくらいの奇跡だと思う。
 と、今ここまでしてきたような話もその冒頭のひいおじいさんとしてみたいな。何て言うかな、ひいじいじは。
 こんな風に考えてきたわけだけれど、わたしの体で作られている精子ってすごいんだなって改めて思った。単なる快楽の発生源ではなくて、この一滴のわたしの精子に宇宙の歴史が全部詰まって込められているんだなっていう気がしてきた。宇宙の歴史。進化の歴史。そして、ご先祖様が連綿と紡いできてくれた命の連鎖。わたしは宇宙の歴史を背負っているわけか。ちとオーバーかもしれないけれど、そう言っても間違いではないだろう。
 わたしの子孫? わたしの子ども? そして、わたしの遺伝子が受け継がれていってこの先、何世代も続いていく? 人類が滅亡するまで子孫が続いていく? これから何万年も? めまいがする。クラクラ~。クラクラ~ってする。たかが精子なんてもんじゃないな。わたしまで続いてきたバトンリレー。これからどうするかは未定だけれど、ま、ぼちぼち考えていきたい。無数のご先祖様たちに感謝しつつ。

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