風邪をひきました

 二週間前、とても調子が悪かった。体が熱っぽくて倦怠感がすごくて、とにかくだるい。10月17日の教会の礼拝はそういうわけで欠席した。
 休んでも熱っぽくてだるいのは変わらず、ついに意を決して病院へと行った。とは言えどもコロナ禍の昨今である。病院へ行ってコロナだと言われたらと考えると、やはり躊躇してしまうのだが、それでも思い切って行ってきた。
 わたしの場合、体温は計っても平熱より少し高いかどうかの36度9分くらい。コロナだったらもっと高熱が出るのではないか、と知ったかぶるわたしである。
 病院へ行く。吃音のわたしは口頭で病院へ来た経緯を言う自信がない。それはもう分かり切っていたことだから、メモ用紙に病状を書いて持参した。これは助かる。吃音のわたしにとってはどうもあの病院の受付の看護師さん(医療事務の方?)に説明する時の距離が何とも言えず苦手な距離なのだ。むしろ近いなら近い方がよく、遠いなら遠い方がよい。あの中途半端な近くもなく遠くもない距離、とても苦手である。
 そんなこんなで受付を終えたわたしは待合室で待っていた。この病院なのだが開業医のクリニックのようなところで、なかなか効率的な診療を行ってくれているところで、待ち時間が短くて実にスピーディーでいいのだ。今はこのクリニックはコロナのワクチン接種もやっているようで、待合室が真ん中から二つに仕切り板で分けられていた。その左側の方の部屋の椅子に腰掛けるわたしである。
 名前を呼ばれた。「もしかしたらコロナと言われるのでは。まさかわたしが」と考えたりもしたが、もうここまで来た以上引き返すことはできない。熱はほとんどないのだからコロナではないだろう、と診察前から勝手に決めつけずにはいられない。不安なのだ。
 で、診察。医師は一言。「軽い風邪でしょう。」一気にわたしの緊張感は砕け散った。風邪、風邪か。良かった。実は自分がもしかしたらコロナではないかと不安になりながらも、そうではなくて自律神経が乱れていてほてっているのではないか、ということを思ったりもしていた。コロナでもなければ、自律神経の乱れでもなかった。良かった。風邪だった。風邪で良かった。
 だから、不謹慎な話だが帰りはルンルン気分である。軽い風邪だってさ、てな具合に急に気分が高揚してきたのだ。
 あと驚いたのは医師が三種類の薬を処方してくれたのだが、そのうちの一つが葛根湯だったことだ。診察でわたしは思わず「葛根湯ですか?」と聞いてしまった。それだけポピュラーな葛根湯という薬を医師が処方してきたのがとても意外だったのだ。我が家では風邪をひいたら葛根湯とだいたい決まっていて、今回も病院へ行く前から葛根湯は飲むようにしていたのだ。けれど、葛根湯意外の二種類の薬、解熱剤に抗生物質という組み合わせ方がやはりプロである。
 それで3日くらいその薬を飲んでおとなしく過ごしていたら、みちがえるように元気になってきたのだった。しかし、それでもまだ風邪はおそらく完治していないのだろう。どこかだるさは残っている。熱っぽい感じはだいぶなくなってきたのだが。
 薬は5日分である。それがなくなってからわたしはどうしたか。自宅にあった葛根湯と風邪薬を活用したのだ。風邪薬にはアセトアミノフェンが配合されていて、医者からもらった薬の解熱剤もアセトアミノフェンだった。つまり、医者からもらった薬を抗生物質以外、だいたい再現したということなのである。アセトアミノフェンの量も合計で100mgくらい多いだけでだいたい同じである。
 それを飲み始めてから数日たって今日なのだが、すこぶる調子がいい。のどはまだ本調子ではない。けれど、だいたい治ったのである。ありがたや。ありがたや、である。
 今回の風邪はやはり、無理をして勉強や読書を頑張りすぎたことが原因ではなかったかと思う。きついのに、疲れているのに、しんどいのに、それでもやめない。これは体が信号を出して「もうやめて。」と訴えているのである。それを無視することはやはり良くないのだと痛いほど分かった。無理は良くない。ぼちぼち休んでぼちぼちやる。それくらいのスタンスでいいんじゃないかと思えてきた。体を壊してまでやる仕事はない、って誰かも言っていたけれど、つまりはそういうことなのではないだろうか。勉強や読書などの知的な活動もまずは健康あってこそなのだ。健康を害してまでやるのは本末転倒なのである。
 必要なだけ休むことは怠惰ではない。負けでもない。むしろ、休まず無理をしすぎて体調を崩し強制的に休まざるをえないことの方が結果的にはマイナスなのである。その間、何も活動できないのだから。
 馬になれなくてもいい。牛でいい。ゆっくり、ゆっくり牛歩で前進していく。もちろん、馬に憧れはするものの、いつも馬だったらバテてしまう。馬ではなく牛のように。なかなかできないが、これを実践していけたらと思う。
 休むこと。このことの大切さを身を持って感じた今回の出来事であった。

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