何か久しぶりに文章を書くなぁって思う。それもそのはずで、だいたい2ヶ月くらい書いていなかった。まぁ、肩肘はらずに今、わたしが思っていること、考えていることなどをこの場を借りてご開陳いたしましょうか。ってなわけでしばしお付き合い願いますよ。
最近特に強くというか、そうなんだろうなぁって思うのは、清く正しく生きようが、汚くしょうもない感じで生きようが、そんなこととは関係なく、またまったく影響なども受けることなく、真理というものはある、ということだ。こういうことを言うと、真理(しんり)先生のおでましかと思うかもしれない、。でも、わたしはそれを人に認めさせようとか、それを信じさせようとか、そういったことにはほとんど、いや、まったく(ここ強調しとこうか)興味関心がない。それぞれ自分が信じているものを信じればいいし、そもそも自分が信じているものは信じているわけだから、どんなに強制的に「これを信じろ」とか「こういう風に考えろ」などと言われても、そんなの無理っしょ~って思う。でも、まぁ、ここでは近況報告もかねて、一応立場表明をしてますけど、みたいな立ち位置ですかね。ドゥー ユー アンダースタンド? ってふざけてるわけじゃないけど、そう思うんだな。
そかそか。そかそか。近況報告ねぇ。近況報告だったら本当このブログの読者の皆様には利害関係もなく、どうでもいいことではあるのだけれど、最近、わたし、ヨガをやめました~!! やめちゃいました~。それが一番大きなでっかい出来事でしたかねぇ。って、何で? 何で? 一体何があったんだっ!? って野次馬根性を刺激してます? 話せば長くなるんですけどねぇ、長くなるので割愛します、というのも何なので、手短に申し上げますと、もう師匠についていけないなぁ~、いや、もっとはっきり言うなら、ついていきたくないなぁ、ってかもう無理でヤダっていう感じのショッキングな出来事が立て続けに起こりまして。そして、この2年あまりの間、師匠に対してちょくちょく感じていた違和感はやっぱり正しくてちゃんと自分のセンサーが働いていたんだなぁって分かって、マイセンサー、つまり直観ってすごいな、ごまかせないなと思った次第。
と、個人情報を少しばかりご開陳しましたが、それはともかくとしてこの世界ってすごく不思議だと思う。それがもっとこわい感じになってくると、芥川が感じたように不可解になってくるのだと思うけれど、本当不思議だなぁって思う。だって、まず「ある」っていうことが分からないでしょ? あるって何よ? あるって? そこからまずつまづくと思うんだけどな。でも、あるって何だろう、あるって何だろう、とまるでエヴァンゲリオンの碇シンジが「逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ」と連呼するように考えていったら本当分かんなくなる。そして、あるということとセットで、「わたし」も超難問だと思う。インドの聖者でわたしとは何かということをつきつめていった人がいるのだけれど、これはいやはや本当にディープそのものですよ。「ある」と「わたし」。すんごい難しい。難しいというよりも、そもそも今の自分(だと思っている?)が自分とか他の人たち、そしてこの世界(地球上にあるもの)をとらえて理解しているという、一番根源的というか、根本的なところだと思うんだよ。すべてはその2つのこと抜きでは無理でしょう。ちょっと固い言葉を使うなら、知覚も認識も「ある」と「わたし」が前提になっているというか、いや、ちょっと違う? 興味がある方はぜひ深堀していってくださいな、なんてことは申しませんよ。だってこれをやると自分が壊れてしまいますからね。まぁ、壊れるというか、分からなくなるというか。その結果、世間一般で言うところのおかしいとか、変とか、変わってるみたいなお人になるだけだけど。ちなみにね、わたしがヨガや瞑想をやるとこの土台のようなものがぐらついて、いや、ぐらつくというよりも現実感覚がゆらいできて不思議ちゃんになってしまってふわふわし始めるのよ。もともと心も体も(あと気質なんかも)繊細な感じのわたしだからこそ、そうなるんだろうなぁって思う。地に足がつかなくなってきて、ふわふわ~、ふわふわ~っと綿毛のようにどこかへ飛んでいってしまいましたぁ~まで行ってしまうとさすがにやばい。でも、そこまではいかなくて、現実感がなくなる程度。と言いつつもこれはなかなか強烈な体験だった。現実が揺らぎ始める。まるで幻とか夢であるかのような感じがしてくる。まぁ、不謹慎だけれど、それはそれで面白いよね(そういうことを言うのがまた不謹慎)。
さて、最近ほんとテキトーに生きておりますが、かえってそのせいで頭が冴えてきてしまって生きにくくなってきた次第です。と言うよりもよく歩くせいかな。歩くと頭が冴えてくる。歩く、歩く、歩く。道を歩いていて思うのは、歩いている人はあんまりいないなぁっていうことで、それをよそに車ばっかりなんだよね。車がたくさん走っていて、歩道を歩いている人はすごく貴重。歩いている人は数十人ではなくて数人レベルだから、なかなかいないのよね。でも、めちゃくちゃ田舎ってわけでもないよ。
感情がより繊細に鮮明になってくると、喜怒哀楽をすごく感じられるようになってくる、というのは自然な話でしょ。だから、ふれ幅が大きくて実は困ってる。嬉しい時、幸せだなぁって思う時は最高マックスなんだけど、その反対に振れ切っている時には「もういいや。死のうかな」とそのことばっかり考える。何かね、安定感がないというか、自分がおじいさんになるまで生き残れている姿を想像できないわけですよ。いつか、ひと思いに死の世界へゴー、ゴーゴゴー、イエ~イってなりそうで(笑)。そこ、「(笑)」じゃねーだろ、と思ってくださった心優しき紳士淑女の皆様には申し訳ないですけど、こればっかりはどうしようもないと思うので。100%、ゴーゴゴーになったらもうそれはもう仕方がない。そう、なるようにしかならないし、昔、だいたひかるというお笑いの人が言っていた言葉を借りれば、「暴走自転車」はしょぼい自転車ながらも暴走して危ないことをしたり、危ない場所へつっこんでいくのです。まぁ、わたしは控えめで謙虚な人間ですので、「暴走自転車」にはとてもなれずに「暴走三輪車」、いや、そもそも歩いているだけだから「暴走ウォーカー」といったところですよ。トラックが暴走してではなくて、徒歩の人、歩きの人が暴走していて、って何にもこわくね~。歩きの人が猛スピードで壁に激突するって無理でしょ。それだけ早く走れるようになったら、オリンピックに出てぶっちぎりで優勝しようと思います。そして、お金をざっくざっく手に入れてさんま御殿でも建てますか。あ、でもさんま御殿だから、さんまさんの家なんだよね、それって。「さんまさん、住んでください。わたしがオリンピックで活躍して金メダルを取って建てたお家です」って、何でやねん!! そう、こういう時のためにこそ「何でやねん」という言葉はある。今までこの時のために大事に大事にとっておいた伝家の宝刀、くらいやがれ。うーん、何かまたおかしい感じになってきたね。それ、おかしいから。はい。
久しぶりに書いているせいだと思うのだけど、今ちょっと疲れてきてる。ということで、最後に手短にわたしが最近怒りを感じることについて。うん、それで終わりにしますよ。
つまり、どういうことが最近気になるかというと、お金をたくさん持っていて、かつ、もらっている人たちの横暴についてで、釈然としませんなって感じなんだよ。この社会、もっと広げて世界がどうして今こういう状況になっているかということをお金の視点から考えてみると、あぁ、そういうことか。そういうことだったのね、とすごく腑に落ちる。そして、起こっている問題のほぼすべてにお金が絡んでいる。だからこそ厄介なんだけど、最近そういうことが分かってきたものだから怒りがわいてきてね。わたしが気になるのは、お金をたくさんもらって仕事をしているならちゃんとやれよ、というごくごくシンプルなことで何もおかしいことではないと思う。でも、実際に彼らの言動を観察していると、言っていることとやっていることが違うことが多い。そして、自分のやっていることの問題点を美しい言葉を使ってごまかそうとする。美化してなかったことにしようとしたり、表面化しないように都合よく塗り立てて飾り立たて多くの人たちを欺こうとする。特にその中でもわたしが怒りを感じるのは、弱者と同じ目線、同じ高さ、同じ場所にいるように見せかける、いわゆる善意の人たちだ。彼らは安定した仕事についていて、それなりの収入を得ていて、それなりの生活をしている(十分すぎるほどの収入と資産を持っている人の場合にはなおさらタチが悪い)。が、そうした自分の経済的な状況(社会的な立場と言ってもいいかもしれない)は明らかにせずにいかにも自分が持ってない人であるかのように装う、つまり偽装する。そして、持っていない人に対してまるで自分も同じであるかのように演じて、そういうポーズをとる。対等、平等で同じ人間なんだという風に相手にもそのまわりのひとたちにも思いこませる。けれども、実態としてはその弱い持っていない人と関わることで、自分はたくさんの金銭的なメリットを得ている。これは言うならば弱者ビジネスの構造に近いか、ほぼ同じだと言ってもいいと思う。そして、こういうことをその人に指摘すると、もっともらしい言い訳をして専門的な知識なども駆使してごまかそうとしたり、なかったことにしようとする。もちろん、まわりの人たちはその人が専門家だから、高度な知識を持っている人だから、という色眼鏡で見てしまっているから、なかなかそれに気付くことができないし、指摘すること自体が難しい構造になっている。それに長いものには巻かれていた方がおこぼれなどももらえてメリットがあるから、みんな、よいしょよいしょで先生、先生みたいな感じで持ち上げる。でも、その仕事ぶりとその内容を見てみる、もらっているお金に見合ったはたらきをしているとはとても思えるものではない。持っている人が持っていない人たちからお金を絞り出させて、かき集めて、それを放そうとはしない。うまい汁、うまい蜜を吸い続けようとする。そういうことだったら、まだ「アタシは豪邸に住んでいるセレブなのよ」と自慢している嫌味な金持ちの方がましなのかもしれない(嫌な感じはするけれど)。自分は持っているにもかかわらず庶民感を全面に出して「みんなと一緒だよ」という風に見せるほうが悪質ではないだろうか。
と、途中、少々お固い話もあったけど、最近わたしが考えてることってこんな感じかな。本当はもっと書きたいんだけど、全部書いたら問題になるし、わたしの心の中や家族に話す程度にしておきたいこともあるしね。
そして、やっと分かったことがあるので聞いて。このブログがどうして繁盛しないのか理由がやっと分かったので。それはね、わたしが普通ではないから。やっぱり普通ではないようだから。だから、わたしの書いた文章が刺さる人ってなかなかいないのよ。AIのGPT先生が言うには「あなたの話が刺さって共感できる人は全体の1%、あるいは0.5%。でも、その数少ない人たちにとっては本当に刺さって共感して面白いと思ってもらえる」とのことで、100人に1人、あるいは200人に1人いるかどうかくらいらしい。となれば、100人いたら99人にはスルーされるし、それが当たり前。200人いてもその中で分かってすごくいいなと思ってくれる人はたったの1人。でも、ゼロではない。そのことがわかったから、わたしはその数少ない人たちに向けて書きたいな、書いていけたらいいなって思ったし思えた。
学生時代の小・中・高・大、その後とやってきたけど、何かやっぱり浮いてるんですよ。浮くんですよ。だって、相当クセのある変わった個性的な感じ(のように見える)のヨガの師匠(現在、元師匠)から「大地さんは個性的な人です」ってお墨付きもらってるくらいなんだから、やっぱり変わってるんだよ。実際、わたしのことをリアルで面白がったり、いいねって評価してくれる人はみんな変わっていて、くせ者ぞろい(大学の先生とかも特化したある意味変人)。「俺の良さはなぁ、てめえらのようなつまんねーボンクラの凡人には理解できねーんだよ。てめえらのモノサシでつまんねーとかごちゃごちゃ言うなよ。分かったか? 返事は? ハイだろ?」なんてことはわたしは謙虚で謙遜な人間ですの申しませんし、1ミリもそんなことは思ったことさえ、考えたことさえございません(ここは強調しとくよ)。ウソをつくな? いえいえ、めっそうもございません。ウソの方便ですから。
わたしの見た目は普通のお兄さんだけど、中身はみどりのモヒカンの人じゃないかなって思う。そう、みどり色のモヒカン。だから、見た目とのギャップにみんなびっくりするっていうことなんだろうな。でも、でも、みどりのモヒカンの人は多くのほとんどの人にスルーされるけれど、数少ない人には「いいね」「すごくかっこいいね」と熱烈に支持され、共感され、愛される。それでいいんじゃないかなって思うし、そもそも、そういう理解者に出会えなくても、自分が何よりの理解者だっていうことは変わらない。だからこそ、その自分が「お前、嫌いだよ」「お前、ほんとうざい。消えろよ」「ゴミ」と100%、完全に自分のことを否定して軽蔑して嫌悪する時にわたしは自ら命を絶つのだろうなとも思う。いや、それでも神様はわたしのことを愛してくれてるの? イエス様はズッ友だぜ? その時にまた神様のもとに戻ってくることになるのかな。と言いつつも、先のことは分からないし、未定で不明。ま、いいんじゃないですか。変なものは変なんだし、みどりのモヒカンはみどりのモヒカンなんだからさ。

変な人。
普通ではないと思う。
わたしが思っていることを言うとみんなひく。
そして、目の前にシャッターを下ろされて、
まさに閉店ガラガラ~。
わたしは気が付くと蚊帳の外。
なぜなら、今、大人気の
カヤノソトボーイズの2期生の瞑想担当だから。
最近、瞑想してないけど。でも、瞑想担当なんで。
そう、なんか浮いてるの。
この世界、日本という社会から。
わたしは何だかんだ生きづらい人生を送ってきた。
「もっと苦しくてつらい人はいっぱいいる。
お前のは大したことないだろ」、と言うやついるけれど、
苦しさ、大変さ、生きづらさはその人が感じていること。
その人の苦しさを分かっているのはその人だけ。
気が付いたら職歴ゼロ、社会経験ゼロの立派なメンヘラのおじさん。
わたしはしゃべんないほうがいいと思う。
しゃべるとその見た目にあまりにもギャップがありすぎるから。
わたしが自分のことを語れば語るほど、
女の人はがっかりします。失望さえします。
でも、いいじゃないの。
普通じゃないのがわたしなんだから。
わたしは風になりたい。
風になってただ吹いていたい。
【属性】
男。大学中退。吃音。統合失調症。精神障害者。希死念慮あり。現実感の喪失。無職。プロテスタントのクリスチャン。ヨギー。スターシード。英検3級。茶髪。HSPとASDの可能性あり。細身筋肉質。
