相手は正しいことを言っている。けれど何か従いたくないと思うこの直感を大事にしたい

いろいろエッセイ
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 わたしが読書を20年ほど続けてきて思うことは、相手の理屈がどれだけ正しくても従うのが嫌だと思ったら、そう思うこの直感は大事にした方がいいということだ。
 と言いながらも、わたしは今まで理屈で生きてきたし、今も昔ほどではないにしても理屈で生きているところがある。だから、理屈をすごく大事にしてきたところがあって、理屈で負けて論破されてしまったら、もうダメなんだと思っていた。
 でも、たとえどんなに相手の理屈が正論でもっともであったとしても、それがすべてではない。何かこの世界というか世の中には理屈が通っていない理屈というのがあるような、そんなことを最近思うのだ。
 物は言いよう。ある作家が言ったこの言葉はとても的を射ている。だから、どんなに素晴らしい善行もケチをつけることはできるし、どんなに醜い悪行であっても素晴らしいのだとほめたたえることができる。言葉というのは言ってみれば魔法のようなもので、どんな風にも言える。
 と少しずれてますか? あ、ちょいずれたね。そういうことではなくて、自分の感覚を大事にした方がいいっていう話だったね。
 一番分かりやすいのがこんな話だと思うからしてみるね。

 あるところに、世界一の大富豪がおりました。その男はある一人の女に恋をして結婚を申し込んだそうな。何よりその男は、世界一のお金持ちであるだけではなくて、世界一の美男子で、世界一頭も良く、世界一の運動神経の持ち主で、世界一の美しい体をしていて、世界一の優れた人格のお人で、心根も優しく、徳が高く、多くの人から愛されているような人だったそうな。
 けれどもその女は断ったそうな。「他に好きな人がいるから」というのが理由だったそうだが、それでもその男はあきらめなかったそうな。「どうしてわたしではダメなのですか?」としきりにその女に尋ねたとのこと。「わたしは世界で一番のお金持ちで、頭も良くて、体も達者で、自分で言うのも何だが優しい。どうして断るのですか? わたしと結婚すれば一生安泰で、一生遊び暮らすことだってできます。豪邸に住み、毎日贅沢に暮らせます。欲しいものは何だって手に入ります。わたしはあなただけを熱烈に愛するつもりです。それなのにどうしてわたしではダメなのですか?」と尋ねたそうな。すると、女は一言。「あなたの言っていることはもっともなんですが、何か嫌なんです」。

 きっとこの女のまわりにいる人たち(友人、知人、家族、親戚一同など)は「こんなにいい話はないよ。どうして断るの? これだけのチャンスを逃す方がおかしいよ。もったいないよ」と説得しようとしたことだろう。たしかにこの超が何個ついてもおかしくないようなハイスペック男子と結婚できるとなれば多くの、いやほとんどすべての女性たちが「ぜひ」と答えたことだろう。たしかに、理屈の上ではこの結婚の申し出を断るのはもったいないことで、せっかくのチャンスをどぶに捨てるようなものだ。断る理由もなければ、断る方がおかしいと言ってもいい。何よりもメリットがありすぎて、メリット以外には何もない。でも、この女は直感で判断したのだ。そして、その直感に従った。「何か嫌な感じがする」と。
 相手は正しいもっともなことを言っている。でも、それに従いたくない。どうしてだろう? 理由は分からない。むしろ、自分がそう思ってしまうことが不合理でさえある。でも、従いたくない。なぜかは分からないけれど、相手やその人の言っていることに生理的な、本能的な拒絶反応が出ている。
 相手の言っていることが正しくて完全に言い負かされているような状況であるのに、それでもそれに従いたくないというこの気持ち。わたしはそんな自分の直感的な反応、素直な気持ちを大事にしていきたいなと思う。きっとその直感は何かを嗅ぎ取っている。安全とか危険とか、本当とか嘘をついているとか、そういうことをも瞬時に判断しているのだろう。何かがある。そして、何かがあるがゆえにそう反応している。だから、直感は侮れないとわたしは思う。

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