わたしはほぼ毎朝、始発の列車に乗るために、自宅から駅までの道のりを歩く。冬の間は真っ暗だったのに、今はもう夏のようなものだから日が出るのが早くなって5時頃だというのに、もうお日様が出ている。
そのお日様、太陽を見ながら思ったことがある。それは太古の昔からこの太陽は人間を照らし続けてくれたんだなってこと。最初の人間がキリスト教の言うように、アダムなのかどうかは置いておくとしても、この太陽はこの長い人類の歴史とひたすら共にいてくれた。
そして、空気も太古の昔からちゃんとあった。息をすごく神聖なものとして考えるインドの聖典はものすごく核心をついていて、わたしたちは空気ならびに息、呼吸なしで生きていくことはできない。
その太陽と空気。その二つを過去から現在に至るまでのすべての人たちが共有していた。それらが平等に誰に対しても与えられてきたし、今も与えられている。
そう考えたら何かもう細かいことはどうでも良くなってきた。なんて言ってしまうのは単純化しすぎなのかもしれないけれど、朝、この昇りつつある太陽を見ながら、駅まで歩いていたらこの世界をいいじゃんと思えたのだ。金持ち、貧乏人、頭のいい人に悪い人、優しい人に残酷な人、いろいろいてとても平等ではない。けれど、同じ太陽の下で同じ空気を吸って今を生きている。それだけでもう万歳を上げたくなるような、そんな気分にわたしはなってきた。
平等だとは思えないこの世の中で平等に与えられているものがちゃんとある。だから、この世も悪くはない。

エッセイスト
1983年生まれ。
静岡県某市出身。
週6でヨガの道場へ通い、練習をしているヨギー。
統合失調症と吃音(きつおん)。
教会を去ったプロテスタントのクリスチャン。
放送大学中退。
ヨガと自分で作るスパイスカレーが好き。
茶髪で細めのちょっときつめの女の人がタイプ。
座右の銘は「Practice and all is coming.」「ま、何とかなる」。