ぐだぐだ不調日記第30弾「アラレちゃんのつんつんを高速でやるんだって?」

ぐだぐだ不調日記
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 どうも、星です。なんて書いてもほぼ誰も読んでない。だから、呼びかけてもほぼ意味ないよな。
 のっけからネガティブ、ネクラモードで始まりました記念すべき第30弾の不調日記でありますが、どうもうつっぽいんです。
 今日はパソコンを長時間やってしまいました。おそらくそれで調子が悪いのだろうと思う。それに加えて、舌が痛い。またしても舌を噛んでしまい血豆ができて、それがはぜて、そこんところが傷になって痛い、痛い。で、ここ数日ヨガをやっていない。と、いろいろメンタルが下がってくる要素が重なって、今がある。
 そういうわけで今日は特に何か面白いこととか言えないのでご勘弁を。わたしに冴えとか、ユニークさとかウィットとか今日は求めてもダメよん。「よん」なんて書くとまだ余裕があるみたいだけれど、結構いまこうして書くことだけでいっぱいいっぱいだったりする。
 っていうかさぁ、星さんさぁ、全然学習してないんじゃないの? だいたいパソコンを長時間やると不調になるっていうのは分かり切った、星さんにとっての法則なんだからさ、もういい加減、不調から卒業しなさいよ。それを毎度、毎度「今日もパソコンやりすぎました~」とか「今日もポルノを見ちゃいました~」とか言って、性懲りもなく同じことをやって、また同じような不調になっているのってバカじゃないの?
 たしかにおっしゃる通りでござる。もう、ぐうの音も出ないでござるよ。拙者、あまりにも申し訳のう過ぎて腹を切るしかないでござる。おいおい(泣きながら)、おなごの肌を味わってから死にたかったでござるが、断腸の思いで冥土へと旅立つ所存で……。
 わ、わ、わかった。わかった。そこまでしなくていいから。言い過ぎたよ。ごめんごめん。ただもうちょっと学習してほしかっただけだから。そこまで思い詰めるだなんて思わなくて。
 そんなわけで切腹しないで済みそうなのですが、しかし、どうも気持ちが晴れないということは事実のようでして、どうしたもんでしょう?
 というよりは、わたしは一体どこを目指して歩いているのだろう? どうなりたいのだろう? それが今一つはっきりとしてこない。
 わたしは今、行き当たりばったりだ。今日はこれをやりたいと思えば、次の日にはそのやる気は殺がれていて別のことへと移り気になってしまっている。ヨガをやりたい。お料理をやりたい。たしかにそうした希望があることにはある。でも、どうも初心を貫徹させることができないというか、どうもモチベーションが続かない。でも、果たしてみんなモチベーションが続いているのだろうか? 最初から最後まで「俺は(私は)人生の残りの時間でこれをやっていきたい。そのことに生涯を捧げるんだ」などと何ひとつブレることなく一直線に進み続けることができる。そんな人っているのだろうか? というか、そもそも一つのことをやり通さなければならないのだろうか? 他のことに移り気したり、浮気したりとかしてそのことから離れてしまい、一向にそのことが深まっていかなくて、どれもこれも中途半端になるのはダメなのだろうか?
 そんなことはない、はずだと思う。この人生でやりたいこととか究めたいことが見つからないまま死んでいったとしても別に構わないのだ。この生涯で一つのことを極めることができなかった、というただそれだけのことでだからわたしやあなたや誰かの人生が無駄だったねとなるわけではない。
 そう、何かを極めることができた人は稀なんだ。やりたいことが見つかって、それに一直線に猛進できている人、何の疑いも持たないほどに没頭できる人っていうのも稀なんだ。むしろ、他のことが気になって、あっちにフラフラ、こっちにフラフラしているくらいが普通なのだろう。でなかったら、みんな一流の成功者になっている。ヨガだったら、そのヨガをやった何千人か何十万人かは分からないけれどもその中で本当に極めた人というのはほんの一握りのはずなんだ。高い境地へと到達できるのはほんのわずかな人だけ。だからこそ、その境地が尊くて、価値があって、「どうしたら先生のようになれますか? 教えてください」と生徒が殺到するわけなんだ。
 どれもこれもみんな、ことごとく中途半端でちょっとはできるものの、器用貧乏の域を抜け出ていない。そんな人が圧倒的多数なんだ。あぁ、そうか。わたしはまた気付かないうちに高いレベルの人たちと自分をまたしても比べてしまっていたんだな。それで「はぁ、俺って全然ダメだよな」みたいなモードになっていたわけか。それは自分が持っていなくて他の人が持っているものに注目する生き方でとても苦しい生き方。分かっている。分かってはいるんだ。けれども、長年の習慣がどうしてもやめられない。人と比べてしまうんだよ。視界の中に入ってくると、もう自動的に比べてしまっているんだよ。比べようとか思わなくても比べてしまっているんだよ。
 だから、何かに一直線に邁進できなくても、あっちにフラフラ、こっちにフラフラといろいろなものに目移りしてしまってもそれは普通なんだ。そう、むしろそれが普通。だってさぁ、自分の身の回りを見渡してみても、何かを極めている人とかっています? いないいない。みんなどれもこれも中途半端で何にも一つだって極めてはいない。みんな中途半端で不完全で未完成で、何者にもなれてはいない。だからこそ、だからこそ、そんな風にみんなが中途半端で何も極められていないからこそ、高いレベルにいる人というのが一際光り輝いて見えるわけなんだ。
 でも、お散歩にしても、執筆にしても、ヨガにしても、お料理にしても、サッカーやバストケットボールやら水泳などのスポーツなんかにしても、それが日本一とか世界一になっていなければそれをやってはいけないということはない。アマチュアで中途半端で、いや、むしろあまり上手にできなくてお料理だったらちょっと焦がしているくらいの腕前だったとしても、本人がそれをやって幸せを感じることができていれば、それでいいのだ。もちろん腕前がプロ級だとかいうのは悪いことではないけれど、何もそこまで普段の趣味に高いレベルが求められるわけではない。平々凡々でいいんだ。と言いつつもやるからにはうまくなりたい、とか上手にできるようになりたいっていうのが人間の性(さが)ではあるんだけどね。
 ってこのままでは、いいことを書けてしまっていて全然ぐだぐだ不調日記らしくない。全然らしくないよ。これで不調日記だって言える? 言えないな。もうわたしは違う意味で恥ずかしいよ。気が付くと真面目な話をしている自分がどうかしていると思うし、何も真面目クサった話をするためにこれを書いているわけでもないんだ。じゃあ、何のために書いているんだ? うーん、自分の考えをまとめるため。書くことで何かが開けるんじゃないかという期待があるから不調日記をこうして書くわけなんだ。そうか、自分のためか。で、いいんじゃないの?
 って、って、って、まぁぁぁた真面目な話になってるじゃないですか。いかんなぁ。いかんなぁ。真面目禁止アラートでも出さないとダメだな、こりゃ。
 では、最後にとっておきの話をして終わることにしよう。うちの猫のルルはお尻をつんつん、指でつつかれるとすんごく怒るの。つんつん、つんつん、って。そうそう、漫画家の鳥山明さんが亡くなったそうですね。ドラゴンボールとかアラレちゃんとかドラクエとかで、偉大な人でした。って何を言っているんだ、わたし。そう、「つんつん」で思い出したとつなげたいわけ。アラレちゃんがうんちをつんつんしてたみたいに、わたしも猫のルルのお尻をつんつんするわけなのさ。これが、とっておきの話。とっておき過ぎて拍子抜けしたでしょう? 最後にとっておきのどうでもいい話をして終わる。それがわたしにとってのとっておきなのさ。
 でも、本当のとっておきの話は、今こうしてわたしが生かされていて、毎日を普通に送れていることがどんだけすごいかっていうこと。偉大な人になれなくても、何か立派なことや業績を残せなくても、そんなことよりも、今ただここにこうしていられて、生きることができている。それがどんなことよりも奇跡であって素晴らしすぎるんだってたった今気付きました。改めてそう思いましたよ。そういうわけでこれからは猫のルルのお尻を高速つんつんします。一秒間に30回はつつくようにします。はぁ? いい話が台無しですけど。だから、本当のとっておきの、それもさらにとっておきの話は、お尻への高速つんつんだった。なんて、白けさせちゃってすみませんね。ふざけているのか、まじめに書いているのか自分でもよく分かりません。だからこそ、高速つんつんにすべてを託す、と。未来は高速、いや、超速つんつんにかかっている。はいはい、面白くないですから。滑り台の上からさーっと滑りつつ、高速つんつんを目指していくのさ(スベり芸だな、これは)。

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