街までほぼ毎日のようにヨガを習いに行っていて思うことがある。それはヨガができるということは恵まれているんだなということ。
もしわたしが豊かな日本ではなくて、貧しい国に生まれて、それも貧しい家庭だったら、子どもの頃から朝から晩まで働かなければ生きていくことができない。働きづめでとてもではないけれど、ヨガなんてやっていられない。そんな状況だったら、ヨガが体力を無駄に使うことのようにしか思えないだろうし、ヨガを習うためのレッスン代なんてどう考えても捻出できない。
そして、もしもわたしの精神状態が最悪でヨガをやるどころか、普通に生活することさえ困難だとしたら、その場合でもヨガなんて習うのは無理だ。電車に乗ることなんてできないだろうし、ヨガの道場で普通に先生を含めた他の人たちとコミュニケーションを取るのも難しいだろうと思う。
でも、ヨガを習うためにその世界へ入ってみると、そこにはよりできる人たちがいて、こうした自分自身が恵まれているということが見えなくなってしまう。世界を股に掛けて仕事をして活躍している人、大学の先生、裕福な暮らしをしていてよく海外旅行をしている人、そしてわたしよりもはるかに高度なヨガを当たり前のようにやっている他の生徒さんたちに、雲の上の別世界にいるかのような道場の先生。
けれど、自分が持っていない物ではなくて、今持っている物に目を向けると、とても恵まれているなぁとしみじみと思えてくる。この与えられている恵みに感謝することを忘れないようにしていきたい。

エッセイスト
1983年生まれ。
静岡県某市出身。
週6でヨガの道場へ通い、練習をしているヨギー。
統合失調症と吃音(きつおん)。
教会を去ったプロテスタントのクリスチャン。
放送大学中退。
ヨガと自分で作るスパイスカレーが好き。
茶髪で細めのちょっときつめの女の人がタイプ。
座右の銘は「Practice and all is coming.」「ま、何とかなる」。