早起きができないんです

 アーユルヴェーダの基本。それは早起き。早起きは三文の得と言うように、アーユルヴェーダでは早く起きることをすすめる。
 が、できない。できていない。わたし自身の毎日を振り返ってみても、早起きができた日とそうでない日を比べたら、できていない日の方が多い。早起き。したらいいのは分かっているのに、できない。なぜできないのだろう。早起きするためにもなぜできないのか考えて、自分自身の気付きへとつなげていけたらと思うのである。お付き合い願いたい。
 うむ。では考えていこう。この論考(というほど大げさなものではないにしても)はきっと早起きしたいけれどできないあなたのためにもなることだろう。そう信じている(ってオーバーだよ、星さん)。
 なぜ早起きできないのだろう。考えられる理由を一つずつあげていこう。

 ①起きようと思う時間が早過ぎるから(わたしの場合、朝の4時に起きようと懸命に努力しているのだ)。
 ②二度寝してしまうから。
 ③自分の中で早起きすることが差し迫った問題ではないから。
 ④おそらく眠りの質が悪くなっているだろうから(運動不足等で眠りの質が低下しているからスッキリ起きられないのではないか)。
 ⑤わたしの深層心理において、早起きすることに必然性を感じていないから(要するに早起きしなくても何も困らないから)。
 ⑥(最後に)早起きしたくないから。

 一つずつ考えていこう。
 ①のように、朝の4時というのは早過ぎるのだろうか。今の季節でも4時というと、まだお日様も昇っていなくてあたりはまだ真っ暗。これは自然の本能に反しているのではないか、という気がしないでもない。なぜ4時に起きたいと思っているかと言えば、朝やりたいことをやるためにはそれくらいに起きる必要があるからだ。4時に起きなければ、十分にやりたいことをこなせない。そういうわけで、4時なのだ。それが早過ぎるのか。だったら、もう少し起きる時間を遅くして、起きやすくなるよう修正していくのも一考かもしれないとも思う。しかし、アーユルヴェーダの理想の起床時刻は日の出の1時間半前だという。季節によっても変動するものの、この教えに沿うのであれば、4時が妥当なところではないか。うむ、早すぎるのだろうか。
 ②の二度寝するから、はもっとも端的な理由だろう。わたしは4時に鳴る目覚まし時計のアラームを止めてはいる。止めてはいるのだ。で、また寝てしまうのである。これを改善するためにどうしたらいいのか。しかも、目覚まし時計は歩いて4、5歩のところ、つまりベッドから離れた場所に置いていて、それを止めるためにはベッドから出なければならないという条件があるにもかかわらず、なのだ。これはくせ者なのかもしれない。日頃の活動で疲れているのだろうか。にしても二度寝してしまうのである。この二度寝をやめることができたら早起きできるのにと、いつも二度寝した後に後悔するのだ。早起きのための最大の障壁はやはり二度寝であろう。
 ③と⑤は同じようなことで、わたしが早起きに差し迫った必要性を感じていないからではないか、ということなのだ。その証拠に何か外せない用事があって早起きしなければならない時にはスッと起きられるのだ。だから、何か深層心理的なものがはたらいているのではないか。自分の中で早起きしなくてもいいや、って思っているんじゃないか。そんな疑いが頭をもたげてくるのである。わたしは早起きしたいとこうして公言しながらも、実は早起きなんてしたくなくて、朝遅くまでズルズル寝ていたいだけなのかもしれない。だったらなおさらくせ者だ。わたしの深層心理に基づく本音と理想として頭で考えていることが乖離しているのだから。だったらどうしたらいいのだろう。何か早起きが楽しくなるような成功体験が必要なのかもしれない。わたしの深層を変えるような、何か早起きをしたことによるポジティブな体験などが必要かもしれない。
 ④の眠りの質が悪くなっている可能性については、最近ヨガをやって調子が良くなってきているものの、朝散歩がほとんどできていないことが原因として考えられるところだ。朝、日の光を十分に浴びることが、それも早い時間に朝日を浴びることが必要なのだ。朝散歩をする時間を捻出するためにも、やはりわたしは早起きする必要がある。朝起きるのが遅いと、起きてからすぐ食事といった感じになってしまい、食前の朝散歩ができなくなってしまうからだ。それに起床してから15~16時間後に眠くなる物質が大量に出始めるらしいから、夜の7時か8時頃に眠りにつくためにも逆算して朝の4時頃に起きるのが最もベストなのだ。あと思い当たるのは夜の5時とか6時頃にパソコンをやってしまうことが結構あることも原因として考えられる。ブルーライトが、人工的な光がやはり眠りには良くないのだ。しかも、夜の7時とか8時には寝たいのだから、その間近にパソコンをやっているのはやはりまずいだろう。眠りの質が低下してきてしまっているから、それを補うかのように二度寝したくなっているのではないか。その可能性も十分に考えられる。
 最後に極めつけは⑥の「早起きしたくないから」である。まさにこれこそ、哲学的な回答と言ったらいいのだろうか。いろいろと言うことはできるけれど、なぜ早起きできないかと言えば、早起きしたくないからだと言える。実にシンプルで明晰な理由である。「何であなたは昨日来なかったんですか?」と聞かれて「来たくなかったからです」と答えるその受け答えと同じものだ。だから、人間早起きしたければ早起きするし、したくなければしない。ただそれだけのことだ、とも言えるのである。何だか笑い話のようでもあるけれど、これは核心をついているよ。
 で、ここまで理由を挙げてきたけれど、じゃあどうするか。どうしようか。そんな時だった。たしかアーユルヴェーダのあの本に早起きのやり方書いてあったな、と思い出したのだ。それには次のように書かれている。

 早起きのコツ
 「思考をはさまずに体をベッドから出すこと」です。目覚まし時計が鳴ったら何も考えず、とにかくベッドから体を起こして立つこと。それが一番効果的だと思います。(略)
 そしてベッドから出たら……窓を開けて朝の光と風を体で感じます。すると、自然に目が冴えてきます。(アカリ・リッピー『アーユルヴェーダが教えるせかいいち心地よいこころとからだの磨き方』p50)

 やってみよう。とりあえず四の五の言わずやってみよう。早起きができるようになった先には朝の優雅な時間を満喫している自分がいるんだ。早起きをして、シャワーを浴びて、ヨガをやって、朝散歩して、そこそこ手をかけた朝食を作る。何て早起きした先には素晴らしい日々が待っているのだろう。
 あきらめないぞ。あきらめたくない。早起きするんだ。早起きしたいから早起きするんだ。まずは一週間続けることができるようにやっていくんだ。いや、まずは3日かな。まずは三日坊主になる。そして一週間坊主となり、二週間坊主となり……、一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月と続けていくんだ。
 と書きながらも毎日はきついかもしれない。でも、この初心というか、心意気を忘れないようにしたい。早起きは三文以上の得ですからね。

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