先日、精神保健福祉士のWさんがいる日に精神障害者のサロン、地域活動支援センター(略して地活)へ行ってきた。お目当てはWさんに会うことではるばる行ってきたのだ。
が、Wさんは変わっていた。痩せてきていて、顔色もあまり良くなくて、まさに干からびている感じで、精気が感じられない。
話を聞くと調子があまり良くないらしい。最近の梅雨の時期特有の不調だと本人は言っていたけれど、何でも今まで家のことをやっていてくれた義理のお母様が病気になり、その分をWさんがやらなくてはならなくなったとのこと。さらには、ここ1ヶ月あまり仕事がない休みの日が1日もなかったと言う。
そんな彼女の話を相槌を打ちながらわたしは聞いていた。となれば、どうにかしてあげたいという気持ちが疼くわけで、「運動、食事、睡眠の三本柱です」というありきたりなアドバイスをして話を終えた。
翌日の朝、わたしはWさんへのメールを書いていた。わたしは彼女に文中で問いかけた。もしもWさんのところにWさんと同じような状況の苦しそうな人がやってきた時にあなたは何とアドバイスしますか、と。今のままでいいとは言えないはずで、本人の負担を少しでも軽くしようとするのではないですか、と問うたのだ。
どうしてWさんは人には優しくできるのに自分には優しくできないのだろう? みんな大切な人なのだからそのみんなにはWさんも含まれている。みんなが幸せになる必要がある。彼女が自分を犠牲にしてまでみんなを幸せにしようとする姿がとても切ない。自分に優しく人に優しくがいいと思う。

エッセイスト
1983年生まれ。
静岡県某市出身。
週6でヨガの道場へ通い、練習をしているヨギー。
統合失調症と吃音(きつおん)。
教会を去ったプロテスタントのクリスチャン。
放送大学中退。
ヨガと自分で作るスパイスカレーが好き。
茶髪で細めのちょっときつめの女の人がタイプ。
座右の銘は「Practice and all is coming.」「ま、何とかなる」。