忘れないよ

 このブログの日本ブログ村でのランキングが低迷している。というのは、他のブログに要らん批判をしてからだ。そのわたしの「むかつく」という未熟さ丸出しの文章を読んで、多くの人が星に対して愛想が尽き、離れていったのだろう。そもそも、誰かのブログを読むというのは、何か得るものがあるとか、楽しい気分になれるとか、とにかく前向きなメリットを求めてのことだろう。それなのに星ときたら、自分のネガティブな感情を全開にしてそれを読者の皆様方にぶつけてしまった。反省する次第である。申し訳ない。というわけであの記事は非公開にしておきますね。封印、封印。
 昨日、心動かされたことがあったので、そのことを書いていきたいと思う。
 昨日行ってきた場所は、祖父が入所している施設である。その施設は、利用代金を口座振替などの自動引き落としではやっていなくて、お支払いは現金のみなのである。ある意味徹底していて、だから少なくとも月に1回は施設へと出向かなければならない。というわけで昨日行ってきました、という次第なのだ。
 コロナ禍になってからというもの、その施設は面会を禁止していて、直接会って話をすることは原則できない。でも、話をする方法が二つだけあるのだ。それはリモート面会とベランダ面会の二つ。リモート面会というのは、画面越しにリモートでする面会で、ベランダ面会というのは、ベランダに施設の職員に本人を連れてきてもらって、大声で話をするというもの。ベランダというだけあって、上の階なので、わたしたち家族は上を見上げるのである。
 ということで、昨日祖父とベランダ面会をしてきたのだ。本当はもっと頻繁にこれができたらいいのだけれど、不精不精で足が施設から遠のいて、利用代金支払いの月1回というのがお決まりのようになってしまっている。
 祖父はこんなことをわたしたち(母とわたし)に言ってくれた。最近、顔を見せないから心配していたこと。どうしているのだろうと思っていたこと。それから迷惑ばかりかけてしまって申し訳ないということ。家のことは全部わたしたちに任せたということ。元気にしているか? 病気はしていないか? などなど、どの言葉もわたしたちを気遣ってくれているあたたかいものだったのだ。本当は自宅に帰りたいのだろうに、一言もそんなことは言わないし、それよりもわたしたちのことを家族の家長として心配してくれている。何だかそれがとてもいじらく思えてきて、とても祖父が愛おしく感じられたのだ。自分のことよりも相手のことを考えて心配してくれている祖父。今まで同居していた時には、時に祖父から悪態をつかれたりしたこともあって、「くたばれ」とわたし自身思うこともあった。でも、それはそれとして、今の祖父とわたしたちの関係というのはとても純粋なお互いに相手を思いやるものへと変化しているのだ。もちろん、祖父の介護を全部施設にみてもらっていて、楽ちんなのだからそうしたことを思えるのだろう、と言われてしまえばそれまでだけど、離れていることによって関係が好転している面もあるのだ。
 三、四日前くらいに施設から電話があった。祖父の腕時計の電池が切れてしまったので、電池交換をするまでの間、代わりの時計を持ってきてほしいとのことだった。代わりの時計もちゃんと持っていって、施設へと向かったわたしたちである。祖父はベランダ面会の時に「時計がなくなってしまった」と言っていた。どうやら施設の職員によると、探しても見つからないらしい。スタッフは祖父がなくしたとか何も言わなかったけれど、要は祖父がなくしたようだった。またその腕時計をなくしてしまったことについても、祖父は申し訳なさそうだった。わたしは「時計持ってきましたから大丈夫ですよ」と大きな元気な声でそれに答える。すると、祖父は少しトーンに悲哀感をにじませながら感動気味に「忘れないよ」と言う。言うまでもなくそれはわたしたちの祖父への行動ならびに親切にしてもらったことを忘れないよ、ということなのだろう。それがまた何ともいじらしくて、わたしは少しほろり加減に傾いたのだった。
 相手を思いやる優しい気持ちってちゃんと伝わるんだなって昨日の祖父とのやり取りから感じた。相手に敵意を向ければ敵意が返ってきて、相手に好意を向ければ好意が返ってくる。そのシンプルな法則をまざまざと感じさせられたのだ。
 祖父ももう高齢だ。来年94かな? 95かな? そこんところははっきりしないけれど、それでも祖父に残された時間は少ない。わたしたちが祖父にしてあげられることはほとんどないけれど、それでももう少しベランダ面会の回数を増やすなど、できることをしてあげたいなって思う。もういつ亡くなってもおかしくない年齢だし、まさに亡くなっても大往生の年齢だ。祖父の最期、できることをやってあげたいなって思う。唯一、安心したのは、自分から「どこも悪いところはなくて、ごはんが少ないくらいで、元気にやっている」という言葉が聞けたことだ。ごはんをもりもり、元気にやってくれているようで一安心したのだった。
 祖父には毎日を味わいながら楽しく生活していってほしい。そんなことを願う孫のわたしなのであった。

 追伸:その後、腕時計が見つかったと施設から電話がありました。見つかって良かったです。

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