繁盛しない店があった。その店には毎日、お客が10人くらいしか来ない。それもだいたい決まって10人。店の主人は考えた。こんなんじゃやっていても仕方がない。もう店を閉めようか、と。
これに近い状況にあるのが現在のわたしのブログであって、まぁこんな感じ。でも、たとえ毎日10くらいしかアクセス数がなかっとしてもそれが1年365日ともなれば3650にもなる。これを意味がないと見るか、いや4000近くもアクセスしてもらえているのだから続けるだけの意味があると考えるかはその人次第。それだったらわたしは後者でありたい。
この新ブログ(星さん.net)を始めてからかれこれ3年あまり。調子がいい時期もあった。でも、さっぱりな時期もあった。ただ言えることはどんなにさっぱりなように思えてもアクセス数がゼロになることはなかったということ。どんなに閑散としてきて、みんなからの注目を集めることができなくなってき
ても、なぜかは分からないけれどゼロにはならない。ということは、わずかではあるけれど誰かに必要とされていることは間違いない。
わたしのブログに母と精神保健福祉士のWさん以外の愛読者がいるのかどうか。それは分からない。たとえいなかったとしても誰かがやってきては、わたしという木になっている木の実を食べてもらえている。毎日のようにやってくる鳥さんはいないかもしれないけれど、誰かがついばみにやって来る。だったらそれでいいじゃないかとも思える。
と、いかにも閑古鳥が鳴きまくっているかのようなことを書いてきたけれど、わたしが昔書いた大杉蓮主演の映画「教誨師」の高宮について書いた記事はかれこれ1800くらいのアクセスを得ることができている。何かこの数字を見た時に胸にじーんと来るものがあった。わたしは自慢したいのではなくて、ただ自分が何かしら微力ながらも人のためになれていることが嬉しいのだ。同じ人が10回もこの記事を読んでくれたということは考えにくいから、少なくとも数百人か多くて千人くらいの人には読んでもらえているのだろう。それがとても嬉しい。
チリも積もれば山となる。このブログはお世辞にも人気ブログとは言えないけれど、それでも何もやっていないゼロと比べたら、少ないながらも着実に今日もわたしは誰かに影響を与えることができている。あとどれだけこのブログが続いていくのかは分からないながらも、今日もこのブログのアクセス数は少しずつ、少しずつ積もって増えている。その山は誰かから見たら意味がないように思えるだけなのかもしれない。でも、そんなこととは関係なくアクセス数は積もり続けている。そして、できた積み上げられた山に意味があるのかないのか、それはわたしにも分からない。でも、事実として意味や価値などとは関係なく今日も誰かがこのブログを訪れてくれている。わたしという木に来てくれてその実を食べてくれている。
事実はそれだけ。積もって積もって大きな山になるのかな? なってもならなくてもどちらでもいい。そんなゆるい感じでやっていきたい。

変な人。
普通ではないと思う。
わたしが思っていることを言うとみんなひく。
そして、目の前にシャッターを下ろされて、
まさに閉店ガラガラ~。
わたしは気が付くと蚊帳の外。
なぜなら、今、大人気の
カヤノソトボーイズの2期生の瞑想担当だから。
最近、瞑想してないけど。でも、瞑想担当なんで。
そう、なんか浮いてるの。
この世界、日本という社会から。
わたしは何だかんだ生きづらい人生を送ってきた。
「もっと苦しくてつらい人はいっぱいいる。
お前のは大したことないだろ」、と言うやついるけれど、
苦しさ、大変さ、生きづらさはその人が感じていること。
その人の苦しさを分かっているのはその人だけ。
気が付いたら職歴ゼロ、社会経験ゼロの立派なメンヘラのおじさん。
わたしはしゃべんないほうがいいと思う。
しゃべるとその見た目にあまりにもギャップがありすぎるから。
わたしが自分のことを語れば語るほど、
女の人はがっかりします。失望さえします。
でも、いいじゃないの。
普通じゃないのがわたしなんだから。
わたしは風になりたい。
風になってただ吹いていたい。
【属性】
男。大学中退。吃音。統合失調症。精神障害者。希死念慮あり。現実感の喪失。無職。プロテスタントのクリスチャン。ヨギー。スターシード。英検3級。茶髪。HSPとASDの可能性あり。細身筋肉質。
